小説

『狼はいない』光浦こう(『狼少年』)

 もうすぐ部屋に入ってくるだろう。逃げられそうな扉も窓も無い真っ暗な部屋
 ゆっくりと部屋の扉が開かれ、眩しい光と共に男達の邪悪な顔が浮かび上がる。ドアが完全に開かれたと同時にその顔が驚きの表情に変わった。
「ガルルルルルルル」
「な、何だお前」
 牙をむき出し相手を威嚇する。しっかりと両足で踏ん張り、狩りをする狼の様にいつだって噛み付いてやるぞ。
 男達は予想外の出来事に一瞬たじろぎ後ずさる。だがすぐに手の中の武器の存在を思い出し再び余裕の笑みを浮かべた。そして互いに目を合わせ、じりじりと間合いを詰めていく。
 ガルルルルルルル。もう逃げられないそんな距離まで近づいた所で僕は後ろの玄関へと素早く視線を送り、大きな声で叫ぶ。
「今だ!!」
 3人は大慌てで僕の援軍が攻め入ってくる玄関の方を振り向いた。
 僕からは見えないがきっとやられたという顔をしている事だろう。
 僕は、若さ溢れる力で思い切り手前の男に体当たりをかます。ひょろっこい村長は簡単に倒れその拍子に郵便局長も巻き添えに転んでくれた。体のでかい大男はそんな簡単にはいかなかったが、それでも僕の素早い逃げ足には付いて来れず僕はやすやすと玄関のドアをくぐり抜けて外へと飛び出した。
 村へと続く道とは反対の丘の方へと走る、後ろから大男の声。
「追いつめろ!そっちに逃げ道はないぞ!」
「バカめあいつ村へ続く道が一つしかないのを知らないな」
「ありゃまさしく追いつめられた子羊よ」
 ヒョロリとおデブが息を切らしながら追ってくる、頭が痛い。割れそうに痛い。
 みぎ、ひだり、みぎ、ひだりみぎひだりみぎ
 僕は必死に左右の足を交互に前へと突き出す。そしてはしごを猛スピードで駆け登り追っ手が来れない様に上へと引き上げた。
 頭が痛い、吐きそうだ。
 長い間使われなかった鐘楼台の上、僕は頭上から垂れる古びた綱を握って体を振り子に思い切り木を揺らす。そして雷かと思う程の大きな鐘の轟音で暗闇に包まれる町の静寂を切り裂く。

「オオカミだー!オオカミが出たぞー!オオカミが出たぞーっ!」

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