小説

『月とかぐや姫』夢野寧子(『竹取物語』)

 駅に着くのは、思った以上にあっという間だった。少しの間顔を見合わせた後、わたし達は改札の中に入った。駅のホームは同じだけれど、乗る電車は違う。電子掲示板を見ると、わたしの乗る電車が十五分後に到着することがわかった。
「出発日はいつだっけ」と聞くと、かぐやは「明後日」と答えた。
「落ち着いたら、メールするから」
「うん」
「帰ってくる時は連絡するね」
「うん」
「偶にはみんなで会おう」
「うん」
「……もう、月に行くわけじゃないんだから、泣かないでよ」
 電車に乗るまで堪え切るつもりだった涙が、一度溢れると止まらなくなった。卒業式でも、お別れ会でも我慢できたのに、どうしてわたしの涙はあと数分もってくれなかったのだろう。
美人でしっかりもののかぐやに、この三年間わたしは頼り切りだった。自分に好意を向けてくる男の子達には容赦ないかぐやだが、それ以外の相手には分け隔てなく優しいことを知っている。入学式の日、人見知りが祟って、膝の上で拳骨を作ったまま俯いていたわたしに気づき、声をかけてきてくれたのがかぐやだった。親と喧嘩して、家を飛び出し時に助けてくれたのもかぐやだったし、志望校がなかなか決められなかった時、夜中に何時間も電話につきあってくれたのもかぐやだった。高校を卒業して、新しい生活を迎えるのはわたしだけじゃない。不安なのはわたしだけのはずがなかった。むしろ、家から通える都内の大学に進学するわたしと違って、かぐやは地方で一人暮らしを始めるのだ。わたしより心細いに決まってる。そんなかぐやの前で涙を見せたくなかった。これまで頼りきりだった分、今日くらいは笑顔で見送りたかった。
 それなのに、一度溢れてしまった涙は拭っても、拭っても両目から溢れてくる。かぐやはため息を一つつくと、しゃくりあげるわたしの背中をあやすように擦ってくれた。電車が到着するアナウンスがホームに響く。慌てて借りていたハンカチを返すと、そう言えばさ、とかぐやが口を開いた。
「いつだか夏目漱石の『I love you』の訳の話したじゃん。あれって創作らしいよ」
「そう……なんだ」
「出典が見当たらないんだって」
 ホームに電車が止まる。降りてくる人の邪魔にならないように、わたし達は乗り場の脇にずれた。
「でも、創作でも憧れるな。一度くらい誰かに言われてみたいかも」
 両目をごしごし擦りながら、極力明るい声を出す。残念ながら涙をこらえることはできなかったけれど、最後くらい笑顔で別れたい。またね、と無理やり口の両端を持ち上げたところ、発車アナウンスが鳴った。もう行かなくてはいけない。かぐやの肩を軽く叩き、わたしは背を向けた。
「月子。忘れてくれていいから、一度だけ言わせて」
 名前を呼ばれ、振り返った先にあったのは、かぐやの潤んだ目だった。電車のドアが閉まる直前、乾燥して、少し赤くなった唇が動いた。
 月が、綺麗ですね。

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