小説

『白雪姫 in バードランド』五十嵐涼(『白雪姫』)

ツギクルバナー

私の肌は高原に降り積もる雪よりも白く、その美しい肌で幾人もの男達を魅了してきた。私の肌に一度触れれば男はみな頬を紅潮させながら目を細め、その感触に酔いしれるのだった。

そんな私が今はどうだ。
40を目前にして、自慢の艶やかな肌は田舎の誰も立ち入らない様な原野よりも荒れ果て、年季の入った襖の如く黄茶ばんだシミ達の侵略をやすやすと許してしまっているではないか。こんな姿では虫すら寄ってきやしない。
「ちくしょー、今日の婚活も惨敗だったーー」
行きつけの焼鳥屋で煙をもうもうと浴びながら、私はぼんじりをくわえると左から右に一気に引き抜いた。
「詠美さん、今日は一段と荒れていますねー」
目の前で串を炙りながら店の大将が苦笑いを浮かべた。大将は私と同じくらいの歳なのだが、結婚して高校生になる娘さんまでいる。彼の左手の薬指に光る指輪を見て私は思わず舌打ちをした。
「いいわよねー、あんたは。綺麗な奥さんとかわいー娘がいてさ」
「ははは」
どうせ面倒臭い客だとでも思っているのだろう。大将は愛想笑いだけで返事を済ませた。
「あーもー今年のクリスマスも1人かー」
そう叫ぶと芋焼酎のロックを一気に飲み干した。
「おかわり!!」
「ええ!?詠美さんもう10杯目ですよ、そろそろやめた方が」
「客がおかわりって言っているのよ!おかわりちょうだい!」
自分でも嫌になる。こんな客私だったら絶対追い返しているだろう。しかも、店内は満席状態でどう考えたって私にはとっとと帰って貰って店は回転率を上げたいだろうに。
(それにしても、これだけ男が居るってのに誰一人私に声をかけないなんて)
私はアルコールの所為ですっかり動きが鈍くなった眼球をドロドロと動かして店内を物色した。店の中はサラリーマンが過半数を占め、あとは余裕のある年金生活を送っているじじい共だった。サラリーマン達は20代から50代までと年齢層が広めだったが、その誰もが私と目すら合わせない。
(最近の若い子は熟女好きが多いって会社の子達が言ってもいたけど、いったい何処にいるのよ)
出されたうずらを砕き潰す勢いで噛み締めながら、火照ってきた体を冷ます為羽織っていたカーディガンを脱いだ。半袖シャツ姿になると40年間引っ張られ続けた重力の力によってすっかりたるんでしまった腕が露わとなった。この忌々しい腕は私の些細な所作も感知してぶっるんぶるんと揺れてみせた。
「こんな腕、ぜったいあの子達には見せられないわ」
社内の若い子達は惜しげも無くその引き締まった腕を見せびらかしているのだが、私はこんな真夏でも常に長袖カーディガンが手離せない。
(私だって昔はホテルのベッドメイキングよりも皺一つないくらいピンと張った肌をしていたのよ)
しかし、どれだけ言ってもそれは過去の栄光。虚しいだけだ。このどうしようもない空虚感を埋める様に私はグラスの焼酎を一気に流し込んだ。
「さすがに酔いが回ってきたわー」
そう言いながらトイレに立とうとしたその瞬間、まるで店自体がブランコになったかの様にぐわんぐわんと左右に揺れ、私はそのまま床に仰向けで倒れてしまった。
どしーん
ビルの解体現場みたいな音が鳴り響く。
(いったーい最悪だわ!)
しかし、それは言葉にならず私は口を動かす事も起き上がる事も出来ない程にアルコールに侵食されていたのだった。
「詠美さん、大丈夫です!?」
大将の声がかろうじて耳に入ってきたので、薄っすらと目を開けると、そこには私を囲む様に覗き込む7〜8人の男達の顔があった。
(ひゃっっ)
久々の男性の視線に思わず目を再び閉じる。昔はこんな視線嫌という程浴びていたというのに。

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