小説

『白雪姫 in バードランド』五十嵐涼(『白雪姫』)

「はっっっ」
弾かれた様に顔を上げると、そこはいつもの焼鳥屋だった。
「詠美さん、大丈夫ですか?」
カウンター越しに大将が心配そうに私を見つめていた。
「え?あれ?」
周りを見渡すとすっかり他の客は帰ってしまっており、もぬけの殻だ。
「詠美さん今日はかなり呑んでいましたからね。大丈夫です?」
「あ、う、うん」
ちょっと背筋に寒気が走り、慌てて椅子の背もたれに掛けていたカーディガンを羽織る。
「大丈夫です?帰れます?」
というか、もう帰って下さいだろう。腕時計を見るともう深夜の2時だ。とっくにこのお店の閉店時間は過ぎていた。
「ごめん、ごめん、お会計するわ」
「いや、もう貰っていますから」
「え?私、酔っぱらっている間に払っていたんだ」
「いや、違いますよ。お連れ様が払っていかれましたよ」
「は?」
私は一人で来ていた。一体大将は誰の事を言っているんだ。
「ほら、隣にずっと座っていた黒いフードを被られた方ですよ」
「え…」
「今さっき立たれて…あ、まだ入り口の所で待ってらっしゃる」
額からじわっと汗が滲む。私はゆっくりと入り口に目をやると、磨りガラスの引き戸の向こうには黒い人影らしきものが見えた。

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