小説

『ガラス製品なので大変割れ易くなっております』五十嵐涼(『シンデレラ』)

しかし、魔女の言う通りかもしれない。彼女が渡してくれたガラスの靴は『思った男性と付き合える』といった代物だった。しかし、付き合った所で私の姿が今のままじゃ浮気をされないかとか、本当に愛してくれているのか等という不安に掻き立てられていただろう。
「確かに…そうかも…」
情けないが私は認めてしまった。涙がこぼれそうになるのを必死で堪え天井を見上げる。
「まぁまぁ、泣かんでもええじゃろ。人ってもんは内面が変われば外見も変わるもんじゃよ。まずは自分を見つめ直す事じゃ。それから相手に自分を押し付けるのではなく、どうしたら相手から寄っていきたいと思われる自分になるか、が大切じゃ。自分を変えずに相手を変えようなんて傲慢以外の何ものでもないわ」
「………」
口を一文字に結び黙っている私に魔女は今までにない優しい笑顔を見せてきた。
「ふぉふぉ、あんたは素直で理解力のある子じゃな。その純粋さに敬意を表してあんたには特別に教えてやるが、あのガラスの靴はただのガラスじゃ。魔法なんてなければ何の効力もない」
「…だよね」
私は初めから分かっていました、といった感じの返事をした。しかし彼女は私の言葉なんて聞いていない様子で続ける。
「なんの効力も無いと言ったら語弊があるかの。まぁ言ってしまえばプラシーボ効果を期待して恋する若者を応援してやっているんじゃよ」
「ブラシール」
魔女の鉄板ボケを今度は私が使ってやった。まぁ彼女ほど突拍子もない言葉は出て来なかったが。
(案外難しいな…実はこいつなかなかの手練かもしれん)
「プラシーボな。昔、薬とかが手に入らなかった頃医者が小麦粉などを薬と偽って患者に処方しておったんじゃよ。しかし、なんと不思議な事にその患者はすっかり元気になったというじゃないか。人の心には病気すら治せる程の魔法の力があるんじゃ」
「………」
「まずは自分が持っている魔法を使わねばな。人間だれしも魔法使いなんじゃから」
「…じゃあ、あなたは魔法使いじゃないの?」
その問いに彼女は一段と高らかな笑い声を上げた。
「そんな夢の無い事を。だから言ったじゃろ、わしもあんたもただの人間でもあるし、偉大な魔法使いでもあるんじゃよ」
私は何とも複雑な顔をしながら、彼女に背を向けトボトボと部屋を後にしようとした。すると魔女がその台詞を言う時を待っていたかの様にキメ顔を作って声を掛けてきた。
「宇宙提督サッカーマン君とうまく行くとええな、健闘を祈っておるよ。彼のハートをオフサイドじゃ!サッカーだけにな、サッカーマンじゃからな。うまい事を言ったな、わし」
「内川くん…あと、バンドマンね」
ぼそりと呟くとそのまま私は扉を閉めた。

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