ある王国に、ある王様がいた。王様は、鼻筋の通った鼻、りりしい眉、澄んだ目と整った顔立ちをしていた。容姿だけでなく、この王様は非常に優れた人でもあった。
国の業務は滞りなく進み、国も城内もそれは平和で穏やかだった。臣下からも国民からも愛され、尊敬されている王様にはたったひとつだけ悩み事があった。
この日も朝から悩んでいた王様は、「仕立屋を呼びなさい」と命じた。すぐにやってきた仕立屋は手慣れた様子で、王様の着物を脱がせていった。赤いガウンや王冠を取り外すと、身も心も軽くなり、王様は「王様」ではなく、本当の自分になった気がして、気が安らぐのだ。
仕立屋は無口な男で、仕事熱心だ。王様の長い手足や、引き締まった体を一寸の狂いもなく図り、ノートに書き記す。仕立屋のハサミが音もなく、滑るように布を割いていった。
無駄のない美しい動きに王様が見とれていると、仕立屋が口を開いた。
「なにか悩み事でもあるのですか?」
滅多に口を開かない仕立屋が話したことへの驚きと自分の心を見透かされた驚きで、王様は顎に手をやり、「まいったな。どうして、分かったんだい?」と聞いた。
仕立屋はおずおずと言った。「私はしがない仕立屋です。布を切って縫うしか能のない男です。だからこそ、王様の体には敏感です。腰回りが細くなっていますから、悩み事でもあるのかと。出過ぎた真似をして、申し訳ございません」
仕立屋の答えを聞いて、感心した王様は言った。
「たいしたものだ」
仕立屋は王様の悩み事を追及することなく、再び布を割く作業に戻った。王様はその様子に、この仕立屋なら信用しても良いだろうと思った。
「仕立屋よ、正直に答えてほしい。何を答えても、私はお前を罰したり、不利益な扱いをしないことを誓おう」
王様が真面目に話し出したので、仕立屋はただ事ではないと思い、手を止めると、王様の前にひざまずいた。
「顔をあげてほしい」
仕立屋が顔を上げると、王様は困ったように笑うと、こう話した。王様の悩みというのは、こういうものだった。
王様が王になって以来数十年、国は平和で、王様もそれに満足していた。ところが、ある時から、周りの者が自分に何ひとつ意見しないことが気になり始めたのだ。
本当に自分が正しいのか、はたまた自分が王であるがゆえに周りの者が意見を言えないのでは、と悩んでいた。
王様の言葉を聞いた仕立屋は思いもしなかった悩みを告白され、目を丸くした。容姿も才能も地位にも恵まれている王様がそんなことで悩んでいるとは仕立屋は思いもしなかった。
けれども、仕立屋はこの王様のことを尊敬していたので、言葉を選びながらこう言った。
「聡明である王様に正直に申し上げましょう。王様は大変素晴らしく、間違ったことなどしないので、周りの者が反対する必要などないのです」
仕立屋は心の底から、そう思い、力強く言った。仕立屋の言葉を聞いても、王様の顔は曇ったままだった。それどころか、「ああ、お前の心からの言葉を信じることができないとは、私はなんと疑り深く、心の貧しい人間なことだろう」と嘆きだした。
困った仕立屋は「それでは、私にいい考えがございます」と申し出た。