『こんな夜には寒戸の婆が』
山本歩
(柳田國男『遠野物語』)
まるで寒戸の婆が帰って来そうな夜だ――遠野郷の人々は、風の烈しく吹く夜には決まってそう言う。故郷に戻った「私」の記憶を、風の夜と、「河童として生れた」伊藤さんの語る伝承とが呼び覚ます。「今だって、窓の外から、妹が覗いているような気がして、ならないのです」――
『玉手箱の真意』
よだか市蔵
(『浦島太郎』)
高校を中退し、なかなか仕事に就けないでいた漆間稜。ある日、彼は辰宮トメという老婦人を道で助けたことで、彼女が会長を務める会社へと就職する。仕事は楽で給料も悪くない。結婚し、子供も生まれた。稜の人生がまさに幸せの絶頂へ駆け上がる時、稜はトメから「玉手箱」を見せられて……
『形見の帯』
小笠原幹夫
(『室町時代のお伽草子 付喪神記』)
古くなった器具類がお化けになるという伝説は、室町時代からあります。ちょうど池や沼に棲んでいる動物が年を経て霊力をもち、いわゆる主になるようなものです。だから江戸・明治の時代には、毎年、年の暮れになると、ひとびとは煤はらいと称して、古道具を路地に捨てたのです。
『人魚姫の代償』
広都悠里
(『人魚姫』)
記憶を失ったオレは人の心を文字で読めるようになっていた。別れたばかりの彼女も望み通りの言葉を選び、してほしいことをしてあげられるようになったオレとよりを戻す気になった。どうやらこの能力は取引で手に入れたものらしい。そして元に戻すためにはさらなる取引が必要になるらしい。
『風が吹くとなぜ桶屋が儲かるのか?』
あまりけんすけ
(浮世草子『世間学者気質』)
春の大風で桶屋の庄三は大忙し。忙しいのは良いのだがなぜ風が吹くと忙しくなるのか? ご隠居の話では、猫が消えて鼠が増えて疫病が流行って、それで棺桶が売れると言うのだが、世間中が困って棺桶屋が儲けを独り占めなんて、体裁が悪すぎる。庄三は飲み仲間の伊助とともに話の行方を考えるのだが・・
『3番ホームで』
宮本ともこ
(歌舞伎『勧進帳』)
ローカル線の車掌の冨樫は勤務中の列車で逃亡中のカップル、経義と慶子に出会い、好奇心を募らせていた。追手は県知事の息子たち。経義をかばいたい慶子は営業マンだと嘘をついて、手帳に書かれた営業先をつらつらと読み上げる。だが、その手帳の中身は白紙だった。