小説

『時皿』にぽっくめいきんぐ(古典落語『時そば』『猫の皿』)

 平成の時代、駅前にはそば屋がたくさんありました。すばやくさっと食べられるので、忙しいサラリーマンが良く利用していました。
 ある晩のことです。寄席帰りの一人の男が駅前にやって来ました。
「真打の噺はさすがだったなぁ。いつの間にか噺が始まっていて、自然と引き込まれたし。前座の若い子のはまだまだ。けど、わかりやすくはあった。時そばなら、俺でも知ってるし」
 男は、小さなそば屋を見つけました。
「お?このタイミングでそば屋かい。ちょうど腹も減ってるし、試してみようか、時そば」
 そう言って男は、道端のガードレールに軽く腰をおろすと、行動のシミュレーションを始めました。
 確認したのは、以下の点でした。
・勘定をごまかすつもりは無い。時そばを試した後は、ちゃんと代金を支払う。
・今の時間は夜の九時半頃。コインを八枚まで数えた段階で、店主に時間を聞けば良いだろう。
・今日は寒いから、寒さの件で店主と話が食い違うことはないだろう。
・屋号もまともな名前だ。褒めても問題ないだろう。
・割り箸や器も、現代ではそれほどひどいものを使っている店など無いし、大丈夫だろう。
・味の面でも、工場での量産もので問題ない。要は褒めて店主を気持ちよくして、その隙に時そばを仕掛ければ良い。
 これらの注意事項を確認した男は、ガードレールから腰を上げました。
「落語のオチの奴は、下調べが足りないんだよ」
 そう言ってそば屋に入って行きました。 
「おう、たのむよ」
「いらっしゃいませ」
「そうだなあ、きつねをもらおうか。寒いな。こんな日は熱いもんで体を温めるに限る」
「そばですか?うどんですか?」
「え?」
「どちらもできますが、どうしますか?」
「あ、そうかそうか。そりゃサービスが良いこって。あったかいそばにしてくれ」
「ありがとうございます。では、食券をお買い求め下さい」
「しょ、食券?」

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