『BUNBUKU-CHAGAMA』
星見柳太
(『ぶんぶく茶釜』)
満月光る宵の闇。昭和の香りをそのまま残した崩落寸前の木造アパートの一室に、一人の男と一匹の狸が相対して座っている。狸はかの有名な、分福茶釜の末裔を名乗る。かつて助けてくれた幸平に恩返しに来たという。
『天女雲』
小林睦美
(『天女の羽衣』)
「私のお母さんってね、天女なんだって。」あまりにも普段と変わらない結衣の調子に思わず、「へぇ、そうなんだ。」と言ってしまった。そんな僕に、逆に結衣が驚いてこちらを見た。僕達はびっくりした顔でお互いの顔を見合った。
『Still Before the Dawn いまだ、夜明け前』
角田陽一郎
(『夜明け前』島崎藤村)
夜明け前が、闇は一番深い。そして今の闇は深く暗い漆黒の闇だ。だとしたら、だからこそ、それこそ夜明けは多分まもなくだ。テレビ局に就職した田中洋平は、バラエティ番組の現場でADとして社会人生活をスタートした。
『白雪姫は何人?』
こさかゆうき
(『白雪姫』)
私が受け持つクラスの生徒の親から電話があった。学芸会の『白雪姫』で主人公を一人しか演じることができないという不平。白雪姫以外の役を演じる子どもたちが可哀想だ、と。最近そういう親が増えているそうだ。
『もみの木』
小高さりな
(『もみの木』)
家族三人の夕食を終え風呂に入った後、さっそく買った本を読もうと剛は寝室に向かった。彼がベッドに横たわると、妻が話があると切り出した。「アイドルになりたい?」もちろん、妻ではなく、娘が、である。寝耳に水だった。
『傘売りの霊女』
香城雅哉
(『マッチ売りの少女』)
「傘みたいな人間になるんじゃ」祖父にとって、傘を作ることが人生の全てだった。でも、私は傘を売るのが嫌いだった。祖父の遺した傘を売り切ってやめようと決意した数日後、私は倒れた。今、行き交う人々は私に一瞥もくれない。
『長靴に入った猫』
卯月イツカ
(『長靴をはいた猫』)
父が危篤という連絡をもらい、病院に駆け付ける。父はその日のうちにあっけなくいってしまった。あまりのことに泣くことも出来なかった。葬儀を終え、実家で遺品の整理していると、ベランダのから猫の鳴き声が。
『蛤茶寮』
水里南平
(『蛤女房』)
釣針には、先程助けた蛤がぶら下がっていた。私は再び蛤を海に逃がし、釣りを続ける。また『蛤』が…逃がす。釣り場を変えても『蛤』が…逃がす。何度でも『蛤』が…『蛤女房』かよと思いつつ、釣りを諦め海を後にした。
『鼻の居所』
あおきゆか
(『鼻』ニコライ・ゴーゴリ)
今から数か月前、私はコワリョーフという名の役人から肖像画を描くように依頼された。肖像画は顔の真ん中だけ、いまだできあがっていない。なぜというに、私にはどうしても彼の鷲鼻を描くことができないのである。