『桃を買ったクレーマー』
すかし・ぺー夫
(『桃太郎』)
「では、そちらの落ち度ではないと?」低く抑揚のない声で言う。口角を上げて怒りを潜らせる。幾度ものクレーム電話をかけてきた熟練の技。「それが御社の正式な回答ということでよろしいですね?」5月で46歳。独り身である。
『子豚の正しい作られ方』
馬場万番
(『三匹の子ぶた』)
三木信孝は鼻息荒く帰り道を急いだ。今日は「魔法少女モモカ」の放送日。帰りがけに残業を押し付けるなんて、信じられない。用事があると断れば「その用事は何だ?」なんて聞くのはパワハラだ。人事に相談して左遷させてやる。
『夜叉ヶ池』
南平野けいこ
(『夜叉ヶ池』)
私は龍の背に乗り、揖斐川を上っていた。青光りするうろこでびっしりと覆われた龍の背中は、硬くてひんやりとしている。龍は水面すれすれを滑るように川の流れを遡っていく。落ちないように私は必死に龍にしがみついていた。
『クレームまんだら』
鶴祥一郎
(『耳なし芳一』)
ビーチボールをデザインする実質的作業は、営業部から届く最新版『使用上の注意』を、定番デザイン上にレイアウトするだけ。年々増加するクレームに悩まされたデザイナーチームは、ある名案を思いつく。
『おバカの王様』
美土すみれ
(『はだかの王様』)
今にも泣き出しそうな大臣の顔は真っ青でした。大臣は王様に言いました。「王様、私はバカなのでしょうか」……しばらくの沈黙の後、王様は大臣に聞きました。「もしかして……見えなかったの?」
『花咲く人生』
ものとあお
(『はなさかじいさん』)
寿命を迎えた桜を見つめる小学生と会話を交わした健一は後日、散歩中に泣き声を耳にする。声のする方に行ってみると、あの時の男の子が白い何かを抱きしめながら泣いていた。迷子になった柴犬だという。
『かぐや姫へ、愛を込めて』
メガネ
(『竹取物語』)
女なら、一度は童話のお姫様に憧れるものだ…美月は、熊男の前に置かれた自分用の朝食をテーブルに置いて、継父に背を向けた。こんもりとした背を丸め項垂れているのが、見なくても分かる。見ているだけでイライラする。
『彼女のcoffee time』
山下みゆき
(『浦島太郎』)
その小さな喫茶店は、海を見渡せる岬の上にあった。店主のケンジさんは40年珈琲をいれ続けている。氷が張るほど冷え込む2015年2月の初め、奇妙な感覚に襲われ店の外に出ると、世界は2020年7月になっていた。
『桜の樹の下には』
ハラ・イッペー
(『桜の樹の下には』梶井基次郎)
桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。だって、お父さんの本棚にあった難しい本の中に書いてあったんだから。そんなことを知ってしまった以上、やっぱり実際に自分の目で見てみたい。