『ケテルの羅針盤』
柘榴木昴
(『裸の王様』)
誰にも迷惑をかけなければよいではないか。春先によく登場する、乙女たちにおのが竿を見せつける一般的な変質者とはわけが違う。そんなぶしつけはしない。裸に一枚コートをひっかけ、誰にも気づかれないままぶらりと散歩する。
『田中の小言』
室市雅則
(『小言幸兵衛』)
大根畑に囲まれた住宅地の一軒家。カーテンの隙間から差し込む陽の光で目覚めた田中は家のあらゆるものに小言を言い放つ。そこに隣人が不審な音が聞こえたと訪ねて来たので、けんもほろろに追い返したのだが・・・
『クリとネズミとタイガーと』
柏原克行
(『金の斧』)
物ではない人の価値とはどこにあるのだろうか?人の持つ価値の優劣は一体誰が正確に判断できるというのであろう?とある決断を委ねられた小野大我はヒトの有する価値と向き合いながら自らの価値に迷い、そして決断した。そこに価値はあったのか?自らの本当の価値は己しか知らない。
『キツネに嫁入り』
高平九
(『狐の嫁入り』)
春の朝、ホテルの部屋に白いチョウチョウが入ってきて、眠っている妻の乳首にとまる。夫はそのチョウチョウを捕まえようとするけれど逃してしまい、そのチョウチョウの姿を追い求めるようになる。やっと見つけたチョウチョウのあとをついていくと、それは白い服を着た男に変身する。夫婦は男が薦める宿に泊まることにするのだが……。
『寿限無くん』
室市雅則
(『寿限無』)
古典落語の「寿限無」と全く同じ名前をつけられた少年。十五歳となり、改名の申し立てができることを知った。しかし、手続きや段取りが煩わしく、他の方法で名前を変える方法を思いついた。生涯をかけてその思いつきを実現させたが・・・
『不思議の国の入り口男』
義若ユウスケ
(『不思議の国のアリス』)
不思議の国の入り口は、どこにある? 少女の庭に? それとも、古いお屋敷の鏡のなかに? いえいえ、そんなとこまで、出かけていく必要はないのです。そいつはふらりとやってくる。誰のもとにも。
『ハンス・フォン・カメ男爵とぼく』
おおぬまいくこ
(『浦島太郎』)
いつもの帰り道、防波堤の上を平均台のようにバランスをとって歩いていると、浜から父さんが声をかけた。「おーい、マサキ、今帰ってきたのか」「うーん!」漁船の船体を磨く手をとめてこっちを見ている父さんに、ぼくは手を振った。「まぁた、図書館に行ってたのか?」と父さんは言った。