笑いながら去って行く声に、真里は立ち尽くす。
さっきは全く触れられなかったのに、そんな風に思われていたなんて。
しかも、気に入っている髪色をけなされたショックは大きかった。
とぼとぼと更衣室に入り、ロッカーに置き忘れていたスマホを手に取る。
更衣室の全身鏡に、沈んだ顔の自分が写っていた。髪はもちろん、絶妙なプリン。
真里はため息をつき、帰りの電車ですぐに美容院の予約を入れた。
「いらっしゃいませ。今日はどんな感じで?」
週末、真里はなじみの美容院に行った。
いつも担当してくれる山崎さんは、パーマのかかった黒髪で、少し髭を生やした、白シャツの似合う30代くらいの男性だ。
普段は予約の時に、「カットのみ」や「カラーリング」といったメニューの指定をするが、今日は何もしていない。
鏡の中の山崎さんに促され、真里はおずおずと口を開いた。
「あの・・・今日はちょっと迷ってて」
「おぉ。迷ってるというと?」
仕事中の山崎さんに、人生相談めいた話をするのも気が引けたが、専門家のアドバイスをもらう気持ちで、真里は続けた。
「わたし、今の髪色がすごく気に入ってて。世の中的にはだらしないプリンって言われちゃうかもですけど、このバランスが好きなんですよ」
「うんうん」
山崎さんは、軽く頷きながら聞いている。
「けど、バイトの友達に、悪口言われてたの聞いちゃって・・・。だから染め直そうかと思って今日は来たんです」
「なるほど」
秋穂と未来の会話を思い出し、真里はまた暗い気持ちになった。
「・・・すみません、自分で決めろよって感じですよね」
「いえいえ、そんな。むしろ、髪のことで相談してもらえるのは、僕としても嬉しいんで」
首を振る山崎さんに、真里は安堵する。
山崎さんは腕を組んで、少し考える素振りを見せた後、真里に向き直った。
「そうですね、僕から言わせてもらうと、自分の好きな髪色でいいと思いますよ。せっかく今の色が気に入ってるなら、周りに言われたからって染め直さなくても」
淡々とした口調だったが、真里はなんだか救われたような気持ちになった。
親身に寄り添ってくれている、でも押し付けがましくない適度な距離感。
心地良くて、思わず本音に近い言葉がぽろっと出る。
「やっぱりそう思いますか?」
「やっぱりってことは、畑中さんも染め直したくないって思ってたんじゃないですか」
「・・・えへへ」
ずばり見抜かれてしまい、真里は苦笑いする。
結局は、自分の考えを誰かに肯定してもらいたかっただけなのかもしれない。
山崎さんが、なおも続ける。
「いっそのこと、プリンで売っちゃうって手もあるんじゃないですか。おしゃれプリンの畑中でーす、みたいな」
思いもよらないアドバイスに、真里は身体がむずがゆくなるのを感じた。
「おしゃれプリンって、そんな」