「あ・・・ちょっと改めて予約入れさせてもらっていいですか?」
突然の事で一旦キャンセルしてしまった。
「・・・。」
軽くパニック。代わりの人で対応して貰えばそれで済むのだが、ちょっと尻込みしてしまう。いつもの感じじゃなく切られてしまったらちょっと嫌だな・・・。
「・・・。」
『いなくなって初めて気が付く』とはこの事だろう。髪型にこだわりがなくなったなんて全くの嘘だった。実はめちゃくちゃこだわっていた事に今更気がついた。
けれど二ヶ月も切らないと気持ちが悪い。向こうもプロなのだからいつもと違和感なくやってくれると思うのだけれど。
「よし。」
と自分に勢いをつけて、とりあえずいつもの美容室に改めて“指名なし”で予約した。
32歳にもなって髪を切る事に緊張してしまった。一体どんな人が自分の髪を切ってくれるのだろう。朝見さんはどんな感じでいつも切っていたのかを話してくれているんだろうか?とても不安だ。
「近藤です。よろしくお願いします。」
同い年くらいだろうか?当たり前だがいつも他の人をカットしている女性スタッフだ。
「朝見からはいつもどんな感じかは聞いているんですが、本日はどうしましょう。」
良かった。とりあえずは自分の髪型の事は理解してくれている。
「あの、いつも同じカットで、整える感じなんですが・・・。今回もそんな感じでお願いしたいんですが。」
「分かりました。じゃあとりあえず髪を洗っていきますね。」
近藤さんは微笑んで、シャンプー台へと案内してくれた。
その後は少しだけ朝見さんの事を聞いて、そこからはいつもと変わらず、自分は雑誌を読み、近藤さんは黙々とカットしてくれた。といっても気にはなるので時々チラッと鏡を見る。
問題はなさそう、に見える。ただ、出来上がりを見てみないことにはなんとも言えない。落ち着かない時間が過ぎる。
「どうでしょう。」
カットが終わり、後ろを確認する鏡を持って近藤さんは確認する。特に問題がなさそうに見える。
「大丈夫です。」
とりあえず安心した。さすがプロだ。
「・・・。」
が、本心を言えばちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、違う。全ていつもの感じではない。ほんの少しだけサイドのボリューム感が違う。でも他の人からはほとんど分からない程度。それにそれをどう伝えればいいのかも分からないし、決して満足出来ないなんてことはない。なので、そのまま何も言わずにお会計を済ませた。
決して近藤さんが悪い訳ではない。変にこだわってしまっている自分が悪いのだ。
朝。
いつものように会社に行く準備をする。鏡の前に立ち、髪を軽くセットする。素の髪型に若干の違和感を感じるが、ワックスをつければ気にはならない。
「んん~。」
小さく唸る。こんなにも髪型を気にしていた。この10年間、いつもの変わらない髪型で「仕事」という「戦場」に出ていたのだと感じる。
「・・・。」
そのいつもの髪型を作ってくれていた朝見さんに改めて感謝する。ほとんど違和感なくやってくれた近藤さんにも感謝だ。
「よし、行きますか。」
息を吐き、気合いを入れて玄関に向かう。
朝見さんが復帰したら文句の一つでも言ってやろうと思う。