世界がこれで終わりだなんてどうして決めていたのだろう。その先に続く未来を、どうして見る事ができなかったのだろう。
「いかがでしょうか」
再びの中村さんの声に、わたしは再び目を開けた。目の前の鏡の中に見えたわたしに思わず「わ、」と声が出た。
「自分で言うのも何なんですけど、よくお似合いです」
中村さんは、わざと大げさに髭を撫で、満足そうな表情を作って言った。自画自賛のアピールもTシャツにハーフパンツ姿の彼がやると、嫌味なく、楽しく見られた。正直に、こんな風にすればよかったのではないか。鏡の中の髪を切ったわたしの向こうに夫と娘の姿が見えた。二人とも笑っていた。
会計を済ませ、店の外へ出ると、夕方に差し掛かっていくような空気の湿り気を感じた。太陽はもう今日の仕事を終えたのかもしれない。
「上までお見送り頂いてすみません」
振り返り言うと、中村さんは、いいえ。と言いながらながらも、半袖から伸びた腕をしきりにこすっていて、思わず笑ってしまった。
「さすがに寒いだろうから、どうぞ、中に入って下さい」そう言うと、
「今日はありがとうございました。それから、サプライズ成功するといいですね」
と前髪を指さしながら言ってくれた。わたしは任務を任された隊員のように、凛々しい表情を作り右手の親指を立てた。おかしくて、すぐに破顔してしまった。
「あの、」と歩き出した足を止め、再び振り返るとそこにはまだ中村さんの姿があった。
「いつも、ご苦労様です。ありがとう」とだけ言った。
その労いの言葉が必要だったのかはわからない。けれど、わたしは言わずにいられなかった。通じなくても、目に見える物が返ってこなくても、そうしたいと思う気持ちで動いている。戦っているのだ。みんな同じ、人は闘っている。
「こちらこそ、ありがとうございます」
両手でメガホンを作る中村さんに手を振った。
登ってきた坂を今度は下って歩く。パンプスで下る道は不自然に体を弾ませたが、その度髪から優しい花の香りがした。大丈夫、未来はちゃんと続いている。はっきりと、そう思った。