「やっぱり付き合ってるんだ!」エミコは大声をあげて泣いた。「信じてたのに!」
そう叫ぶと、エミコは後ろをくるりと向いて、改札につながる階段を目掛けて走り出した。私はホームの端に一人取り残された。急行吉祥寺駅行きの電車がホームを発ち、私の髪の毛は宙に浮かんでうようよと踊った。あれ、これうまく行った?
「はい、おしまい」
またもや急に、おばさんが私の顔を覗き込んだ。
「全然うまくいった気がしないんですけど」
タオルでガシガシと髪の毛を拭きながら、おばさんは再び鏡ごしに私の目を覗き込んだ。
「謝ればそれで万事オッケーだなんて、そりゃだいぶ都合が良すぎるからね」おばさんは笑いながらザッとドライヤーをかけた。「やらないよりはマシよ」
全然乾いてない私の頭をポンポン叩き、「もう帰りな」とドアの方までずいずいと背中を押してきた。
「何かマシになってるんですかね?」
閉まりかけのドアに左足を挟み、私は早口で聞いた。というか、おばさんは何者? でも、おばさんは特に何も言わずに、にこやかな顔で「さようなら」と言う。それからヘッドフォンを頭に載せて、次いで私の左足を蹴っ飛ばしてガチャンとドアを閉じた。
マンションを出た私は、「もしかして」と思ってスマートフォンを開いた。電話帳をくまなく探しても、エミコの名前が出てくることはなかった。
「ただの夢だったかなあ」
そう思って見直したけど、アイツの連絡先はやっぱり消えている。だとしたら、これは現実だということになる。私はシャンプーで頭皮の汚れを落としてもらっている間に、自分が許せない人生の汚点を洗い落としに行っていたってこと?
なんとなく予想はしていたけど、後日その部屋に行ってもおばさんに出会うことはなかった。ついでに言えば、エミコと偶然出会ってもう一度仲良しに、なんてことが起こるわけもなかった。私がどんなにゴシゴシ汚れを落とそうが、エミコとはそうなる定めでしかなかったのかもしれない。
そもそも、私が落とすべき汚れは“エミコの元カレと付き合った”事実だったんじゃないか? そう気がついたのは、もう少し後のこと。エミコに謝れなかったことを悔いているだけで、エミコの好きな人を奪ったことについては何も悪いと思っていなかったんだな。汚れが落ちて、また違う汚れに気がついたみたい。
「まあ、やらないよりはマシなのか」
人生そんなにうまくいかないよね。傷つけたことは、一生忘れちゃいけないんだ。そう思いながら、私はケンタッキーをプチプチ、ガリガリと食べた。時は遡らずとも、汚れは少しずつ落としていけばいいのかな。