美しさの峠を自覚している女性だからこその悩みかもしれないと私は思い至った。十年後も二十年後も珠代さんは年相応の美しさを身に着けていける人だと思うけど、今この瞬間の美しさを失ったとき、彼の愛情を信じきれていないのかもしれない。
「理屈では理解しているんですけど」
「いいわ、切ってあげる」
思いとどまるように言うべきかもしれないと思いつつも、髪の毛を手のひらに流すようにつかむと切りはじめた。
やめてほしいと言えばすぐに止めるつもりでいた。しかし珠代さんはきつく目をとじて鏡を見ようとはしなかった。
髪を切り終えて確認するように言うと、ようやく目を開けて鏡を見つめた。鏡に写った姿は坊主とは程遠かった。私はお坊さんのように頭をまるめるのではなく、マッシュルームのようにコロンとした丸みのあるマッシュショートと呼ばれるショートカットにしたのだった。
「坊主じゃない」
珠代さんはどこかほっとしたように答えた。
「似合うでしょう。これならきっと彼も気に入ってくれるんじゃないの」
「気にいってもらったら困るんですけど」
珠代さんは戸惑っているようだった。
「これから彼をここに呼ぶことはできるかしら」
「お昼から会うつもりだったから大丈夫だと思いますけど……」
「髪の毛のなくなった姿をみせましょうよ。彼が来るまでにあなたをちゃんとした坊主にしてあげるから、これだけ短くなったなら坊主にするのは簡単だから」
珠代さんは首をひねっていたが、その場ですぐに彼に電話をかけた。
もともと彼とは髪の毛を切った後で、珠代さんの暮らすマンションの前まで迎えに行くつもりだったらしいので、美容院『花』に迎えに来るのはなんでもないことらしかった。『花』の場所も珠代さんのいきつけの店ということで知っているから一時間後には来るということだった。
私は棚の奥の引出しを探ってボールドキャップ、別名坊主キャップと呼ばれる特殊メイクなどで使われる頭にかぶせるゴムのような薄い肌色の布を取りだした。
「なにをするんですか」
「これはね、コスプレをする人や、最近じゃハロウィンなどのときに頭を坊主にみせるためにかぶったりするものなの。きれいに坊主に見せるため手伝ったことがあるから、置いていたというわけなの」
さすがに以前のようにロングヘアの珠代さんには使えなかったが、ショートになった珠代さんなら十分に使えそうだった。
私はためらう珠代さんを時間がないからという理由で頭にボールドキャップをかぶせると、接着液をつけたり、つなぎ目を目立たないようにファンデーションを塗ったりしながら手際よく坊主にしていった。
「坊主になった姿をみて彼はどう思うかしら。プロポーズしたことを後悔するかな。彼の本当の気持ちを試してみるんですよ」
「驚くとは思いますけど……」
「長くてきれいな髪がなくなったあなたでも受け入れてくれるかしら」
「勝手に坊主にしたことをなじられるかもしれません」
「でも、別れることになってもかまわないんでしょう。……嫌われたいんだから」
「そうですね。かまいません」