カウンター席に恋人同士のような若いカップルがひと組いた。テーブル席にはまだ誰もいなかった。わたしはあの日座ったいちばん奥のテーブル席に座った。大将はすっかりおじいちゃんになっていたが、いらっしゃいと言った声はでかくて迫力満点だった。ホッピー(外だけ)とハムカツを頼んだ。はいよッ、と大将が言った。まず瓶のホッピーが来た。初めて飲む、ホッピー。ひとくち飲んだ。爽やかさに、カラダが軽くなったように感じた。例えるなら、陸上の専門競技だった走り幅跳びの自己ベストを更新した時のあの踏み切りくらいに、カラダがふわっと浮き上がったようなそんな感覚だった。ハムカツが来た。そうそう、この厚さのあるハムカツ。ひとくち食べた。あの日が口いっぱいに広がった。その時、大将が席の前に座った。
「そっくりになったな」
と大将が言った。
「はい?」
とわたしは少し身を乗り出して聞いた。
「お父さんに」
「ああ」
わたしは笑顔をつくって元の姿勢に戻った。
大将はまじまじとわたしの顔を見た。
「子供の時も似てたけど、ますますそっくりになった」
「そうですか」
「店入って来た時、一瞬お父さんが入って来たのかと思ったよ」
「ああ」
「お前さんが生まれて、お父さんはもうどんなに喜んでたか」
「へえ~」
「店来るたびに、お前さんの写真見せられてな」
「へえ~」
「だから、一緒に来た時のことは忘れられないんだよ」
「わたしもです」
「そうかい」
「ええ」
大将の目には光るものが見えた。
そうなると、わたしもそうなってしまう。
「結婚は?」
「来年に」
「そうかい。そりゃよかった。家族ができてな」
「はい」
「そりゃいいや、なあ」
「はい」
大将は指で目を拭うと、満面の笑顔になった。
店にお客さんがぞろぞろと入って来た。大将は立ち上がって、いらっしゃいッ、と言ってカウンターの中に戻っていった。わたしはホッピーを飲みながら、ハムカツを食べ終えた。次々と注文を聞いて、大将は忙しそうにカウンターの中を動き回っていた。大将が奥のほうに声をかけると、お孫さんらしき女性が暖簾から出て来た。さっそく彼女はジョッキとホッピーをお客さんに運んで、そのついでにわたしにホッピーを指差してよろしいですかと聞いた。わたしは大丈夫ですと答えて、それからホッピーを飲み干し、席を立った。大将と目が合った。
「また来ます」
とわたしは言った。
「あいよッ」