「もう! 遅刻!」
ぼくは三十分ほど待ち合わせ時刻に遅れていた。よくあることなのだ。いつも彼女はちょっとだけ不機嫌になる。
「あと五分で映画始まっちゃうよ!」と彼女はいった。
ぼくたちは店を出て大急ぎで駅前の映画館に向かった。映画には間に合った。アメリカのヒーロー映画を観た。雲ひとつない青空に大砲をぶっぱなしたような気持ちのいい映画だった。映画のあと近くの喫茶店でケーキを食べながらぼくたちは感想をいいあった。
「いい映画だったねアハハハハ」
「いい映画だったわウフフフフ」
「これはあれだね。いまだにアメリカに根強く残っている黒人差別文化に対する強烈なアンチテーゼだね」
「そうよそうよ。これはいまだにアメリカに根強く残っている黒人差別文化に対する強烈なアンチテーゼだわ」
「アハハハハ」
「ウフフフフ」
金曜日のお昼前。外では春のピンク色の風がゆるやかに渦巻いていた。
「お昼ご飯はなに食べよっか」とぼくはきいた。
「激辛ニラそば」とココちゃんはこたえた。
彼女は辛いものに目がないのだ。ぼくたちは三ノ宮に移動してチャイナタウンで激辛のニラそばを食べた。あと肉まんと水餃子も食べた。それからモモ饅頭とゴマ団子も食べた。おいしいものがいっぱいあるんだ。三ノ宮のチャイナタウンには。
ぼくは兵庫の人間だ。兵庫生まれ兵庫育ち。ココちゃんもそう。ぼくのふるさとは尼崎でココちゃんが神戸。悪くない組み合わせだ。尼崎のドヤ街で育った男が神戸のお嬢様をひっかけたわけだ。このことについてはぼくの父さんも母さんも妹のシズカも大喜びしてる。
「でかした!」ってみんないう。ちょっと不思議がってもいる。彼らはこれといって取り柄もないぼくなんかにどうして良家の娘さんが心ひかれているのかまったくもって理解できないのだ。失礼な話だ。
ぼくとココちゃんの出会いはこんなだった。去年の春過ぎ頃のことだ。当時入り浸っていたバーのバーベキューイベントでぼくたちは知り合った。
「こんにちは。エイスケさんですよね? マスターからよく話はきいてます。わたしもけっこう常連なんですけどお会いするのははじめてですね。会えてうれしいです。いろいろ面白い話をきかせてもらってますよ。このあいだマルガリータをしこたま飲んで酔ってカウンターテーブルに吐いたそうですね。マルガリータゲロ事件。有名ですよ。あと以前ジンバックをしこたま飲んで酔って隣に座ってたオジサンを気絶させたんだとか。ジンバックバックドロップ事件。これも有名です。大笑いしました」そういってココちゃんのほうから話しかけてきてくれた。
「はい。そうですね。そうなんです。ぼくはいつも飲み過ぎちゃうんです。いつもしこたま。それはもうしこたま」とぼくはドギマギしながらいった。