いや、その旗自体は東京に出張に来る度に目にしていたが、何の飲み物か分らず、飲んだこともなかったのだった。今更何の飲み物かと誰かに聞くことも出来ずに、そのままになっていたのだったが、しかし、中の一人が東京の大学の出身者で、
「これで焼酎を割ると美味しいよ!」
と注文してくれたので、初めて口にすることとなった。最初は焼酎割だったが、形状もビールに似ていたので、そのまま飲むと、これが意外に美味しかった。僅かにアルコール分が入っているのも、体調の悪いその日の自分にぴったりで、その後はビール代わりに飲んでいた。だが、それもその時だけで、しばらくはその味を忘れていた。
私が再びその味に出会ったのは、数年経ってからのことだった。プリザーブドフラワーの特許を取る前は、私は建設関係の仕事をしていたが、大手建設会社の下請けで、カビ止め工事や防水工事がメインだった。水漏れや結露がある処にカビがありきで、その両方を止めるのが仕事だった。カビ止め工事とは壁一面に広がったカビを綺麗に落とし、殺菌剤で消毒してから防カビ剤を塗布して再発生を防ぐと云う工法だが、当然カビの菌や薬品を吸う機会も多く、身体には悪いだろうな、といつも考えていた。しかし、別段その仕事を辞めようとも思ってもいなかったが、折しもバブル景気が弾け、建設業界が不況になって行った。
当然のように仕事も減り、そんな時にプリザーブドフラワーのことを知ったのだった。当時、防カビ剤や、水ガラスや加水反応ウレタンなどの防水材を扱っていたせいで、大手製薬会社にも良く出入りをしていたから、何となく作り方は想像出来た。そこで、静岡県の工業技術センターや製薬会社に協力してもらい、その作成液を開発したのだった。そして、試しに売り出すと、思っていた以上の人気となった。
そんなこともあり、建設関係の仕事を辞めて、プリザーブドフラワー作成液の販売に特化したが、長年カビの菌を吸って来たせいか、ある日体調を悪くした。病院に行くと、重症ではないが、肺気腫の疑いがあると言われ、煙草をやめるように言われた。アルコールは止められなかったが、その頃になると、一人で飲んでいると鼓動が高鳴り、息切れがするようになって行った。アルコールもやめようとも思ったが、長年飲んで来たので、急にやめるのも寂しかった。そこで、ノンアルコールのビールを飲んでみることにしたが、全く酔わないのも味気なかった。
とはいえ、アルコール入りのビールを飲むと、やはり鼓動が高鳴って息苦しいし、さりとて、全く飲まなければそれもまた寂しい。そんなことの繰り返しの中で、虚しい日々が続いたが、結果として次第に禁酒をせざるを得なくなって行った。そんな時、ホッピーの味を思い出したが、当時住んでいた掛川市では見付けることが出来なかった。仕方なく、インターネット通販で買い求めたのが、懐かしい味との再会だった。
注文をした翌日には宅配便で届いたが、早速冷蔵庫で冷やし、夜半に起き出して飲むと、至福の時を与えてくれた。仄かに酔うのも心地よく、飲みながら眠ってしまうと云う、忘れ掛けていた感覚を思い出した。焼酎を割って飲むのが本来の飲み方かもしれないが、それ以来、私にとってはビール代わりに飲むのが日課となっている。苦みが少なく、つまみなしで飲めるのも独居老人としては有難く、財布に優しいのも魅力である。
夏の暑い日にググっと一気に飲むのも爽快だが、冬に炬燵に入ってチビチビと飲むのもまた楽しい。普通のホッピーとブラックがあるが、私の好みとしてはブラックだ。また、半々に割った、ハーフandハーフも気に入っている。
幸いにして、病の進行もなく、これからも出来るだけ長く飲み続けたい、と思っている。最近ではホームセンターやスーパーなど、何処にでも売っていて、手に入り易いのも有難い。最後に、拙い句を一句。
ホッピーと 孤独楽しむ 時雨かな