「いや、うちのとこは一番上の薫だから。お酒飲めるから。しおりちゃんはまだ中学生なんだから。うちも、一番下の咲からはそんなのないし」
田代は慰めるように、明彦のジョッキにホッピーを足した。
「ほら、飲もう!」
「はい」
「知ってる? いま入れたホッピーあるでしょ、これね、お酒じゃないんだよ」
「え?」
驚く明彦に田代はニヤッと笑った。
「これも薫に教えてもらったんだけど、ホッピーはアルコールがめちゃくちゃ少なくて、お酒の扱いじゃないんだって。そこで、焼酎をホッピーで割るっていうわけ」
「へー」
「焼酎を中って言って、ホッピーを外って言うんだ」
「めちゃくちゃ詳しくなってますね」
「一番下の子に、ホッピーの外だけを見せて『お前も飲むか?』とか言ってからかうと楽しいよ。飲ませないまでもさ、注いでくれよって頼んでみたり。いいコミュニケーションになるし。可愛い我が子が作ってくれるホッピー、美味しんだよ。それくらいやってみたら?」
「そうっすね」
明彦は真剣な顔で頷いていた。
いつもはたいていワリカンだが、この日はあまりに明彦が可哀想だと思ったのか田代が全額おごってあげた。
帰りに酒屋へ寄り、ホッピーを買ってくれた。しかも焼酎まで。
「そういや池本さんの誕生日近かったよね」
本人はすっかり忘れていたが、言われてみるともうすぐ46歳だ。さすが10年の付き合いだ。
「ちょっと早いけど、このホッピーは俺からのプレゼントだ。頑張ってね」
「ありがとうございます!」
その夜、帰宅するとしおりがリビングでテレビを観ていた。明彦は「ただいま」と機嫌よく話しかける。「おかえり」と言ってくれたのは妻の智子だけだった。明彦は早速、田代が買ってくれたホッピーを飲む準備を始めた。
「しおりも飲む?」
返事はない。明彦は構わずしゃべり続けた。
「これ、ホッピーっていうんだ。お酒じゃないんだよ。だから、しおりが飲んでも大丈夫っちゃ大丈夫なんだ。今夜ホッピーデビューするか?」
田代から聞きかじったホッピー情報を早速交えながら、自分もさっきデビューしたばかりのくせに先輩面をする。父親の接触に早くも限界が来たのか、しおりは無言で出ていき、二階へ行ってしまった。
「はーあ」
洗い物を終えた智子が明彦の向かいに座った。
「まあ、あの年頃の女の子はみんなあんなもんだよ」