明彦はとっくに戦意を喪失し、二人を眺めるだけだった。
「あいつうざいんだけど」
「こら! パパもしおりと話したいんだよ」
「一っ言も話したくないんだけど」
明彦は何か言おうとしてみたが、のどにつっかえて出てこない。
「はあ」
しおりが吐き捨てるようにため息をついた。
「あのさ、ママ。あいつの生命保険ていくら? いくら入ってくるの?」
「なにその質問! 教えてないわよそんなの」
「教えてよ」
「なんでよ」
「知りたいじゃん」
「なんで知りたいの」
そんなに疎ましいのかと、明彦は申し訳なくなった。
「まあでも、なん千万とかでしょ? 早くおりないかなー」
「なんてこと言うの!」
語気を強めてくれた妻の想いが嬉しい。それだけで俺は幸せだ。そう思おう。明彦は力なく妻をなだめるしかできなかった。まあまあ、と。いいよいいよ、と。
「大丈夫?」
田代の声に明彦はハッと我に返った。
「すいません」
「何があったか知らないけどさ、飲もうよ」
「ですね」
ちょうどそのタイミングで追加注文したホッピーたちが届く。二人はあらためて乾杯をした。
「頑張ろう!」
「はい!」
明彦は悲しみを振り払うように、勢いよくホッピーを飲んだ。
「うまい! ホッピーうまいですね!」
「でしょ!」
自分が勧めた酒が褒められて田代もご満悦だ。
「こんなうまいのに、体に良いんですね」
「家でもさ、大人連中はみんなホッピー飲んでる」
「へー」
すると田代が再び語り始めた。
「家でホッピー飲んでたらさ、薫が『一口ちょうだい』って言ってきたの。『どんな味なの?』って。『飲んだことないのにパパに勧めちゃったからさ』って。俺のグラスをぶんどって飲んだの。そしたらまさに、今の池本さんみたいに『うまい!』って。あれは飲兵衛になるなあ。俺の血を引いてる」
そう言って嬉しそうに明彦を見た田代の顔が一変した。明彦が睨むようにこっちを見ていたからだ。
「ちょっと池本さん、なんちゅう顔してんの?」
「田代さん、娘に『一口ちょうだい』って言ってもらえたんですか?」
「そこが引っかかったの?」
「もうホッピーがうまいとか、どうでもいいんですよそんなことは。なんで娘に『一口ちょうだい』だなんて言われるんですか? 俺、一回も言ってもらってないですよ」