鳥類の様にわめき出したのです。彼女がわたしに気がつきさえすれば、どうにか状況の進展もあるものを、そういう様子もなく、わたしは、深夜の池袋にただおろおろとするばかりだったんです。
先生は猪口に口につけ、モツ焼きをかじり、グイと引き抜くと、あごを動かし、しばらく黙り込んでしまった。早く続きを聞きたかったが、なんとなく催促はできなかった。カウンターを囲んでいる酔客たち、それぞれが普段、色々なことを抱えているのだろうな、などと考え、この沈黙の間を埋めてみたりした。
八の字の眉だった。目が少し赤くなっていた。まさか泣いているのかと思って胸の奥がギュウとなった。
「……関山さん申し訳ない。自分の話ばっかりしちまいまして。もうとっくに気が済んでいる話ですから、そんな顔せずに、笑い話として聞いてくださいよ。だって実際、笑えるでしょ。ははは」
「先生、もう一本いきますか」
今度は私が徳利を持ち上げ、店主を捕まえた。徳利が目の前に置かれると、先生は顎を鳩のように動かして酒を注された。
「関山さん。やっぱりホッピーに戻っていいですか」
先生は、ぐっと酒を飲み干し、ホッピーのセットをもう一度注文する。
「日本酒のあとにホッピーってのも、また格別なんですよ、これが」
先生は、そういって笑ったあと、ホッピーをジョッキにゆっくりと注ぎ、幾分トーンダウンして話を続けた。
「で、マスターはとうとう110番しましてね。しばらくすると、警察官が二人現れました。わたしは元のスツールに座り直して、おとなしくしていたんです。警官が彼女に色々聞くので、耳をそばだてていると、福井県出身で三十八歳、事務職、などと応えている。
応じつつも、
『彼がこの店に連れていけと命令したのお』
『帰ろうとしたら、帰るなといって足を掴んで話さないのお』
と、相変わらずイタコ状態なわけです。しばらくすると若い警官の一人が私の方に寄ってきて、常連さん? 彼女はずっとこんな感じだったの? と聞いてくる。知り合いだ、などというと面倒なことになるかもしれないと思って、最初は、いいえ、とか、まあ、とか曖昧に応えていました。しかし、よく考えたらリーゼントのマスターが通報の段階で『怪しい客』と、わたしのことも報告しているに違いない。で、此処にこうして座っている理由を洗いざらい話すことにしたのです。
わたしの説明を聞いていたマスターは、それでようやく納得がいったようでした。
店内はしばらく膠着し、知り合いなんだし、説得に協力してくれという濃縮がわたしに向けられました。それで、ユウキちゃん、ユウキちゃん、と彼女の肩をゆすったりしましたが、埒があかない。やがて、足が引っ張られて痛いといっているのだし、救急車を呼んで担ぎ出そうということになり、警官は、わたしに同意を求めてくる。わたしは、同意したつもりはなかったんですが、そのうちサイレンが近づいてきて、救急隊員がぞろぞろ現れました。で、フリフリの衣装で抵抗していたユウキちゃんは││隊員にひょいと担がれてしまったんです」
担がれた瞬間、彼女と、はっきり目が合ったという。先生は、その濁った黒目をなんとか捉えようとした。
「ユウキちゃん、俺だよ、しっかりしなよ」