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『先生の恋』金井貴弥

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 その日「源八」のカウンターは満席で、私は、無理に出したパイプ椅子に尻をつけ、ホッピーを飲んでいた。ホッピーを焼酎の入ったジョッキに注いで、絶妙な配分で割れたときのそのまろやかな味わいは、ビールにもハイボールにも及ばない。とはいっても、いちいち配分に気をくばるようなことはしないのだ。たまたまそうなった時の、それがいいのである。ホッピーとはそういう飲み物だ。
 隣に座る「先生」と呼ばれる常連が、ホッピーのジョッキを片手に、店主とカウンター越しに世間話をしていた。以前から、銀縁のメガネをかけた先生の顔はよく見かけていた。挨拶をする程度だったが、会話を交わしたのははじめてだった。みなが先生、先生、と呼んでいるし、いつも濃紺のジャケットを羽織ったそれっぽい格好だから、学校の先生だとばかり思っていた。ところが店主から、接骨医の先生だと紹介される。
「関山くん。先生のところは、なかなか予約の取れない、人気の接骨院らしいよ」
「へえ。人気があるということは、相当な腕をお持ちなんですね」
「なに、来るのは年寄りばかりですから。話を聞いてやるのが仕事ですよ」
 先生は、うまそうにホッピーを飲んで、ニカッと笑った。
「源八」には、仕事の前に飯を食うというつもりで通うようになった。店主はもうかれこれ二十数年、イカだの厚揚げだの煮込みだのを出し、常連客を相手にしている。通いはじめのころは、ホッピー一本だけ、などと自分を戒めていたものだが、妙に居心地がよくて、近頃では相当に酔ってしまうこともある。余計な金も使うのだし、仕事前なのだから、よろしくない。けれど、ここで知り合った客が私の経営するロック・バーにも来てくれることもあったので、
(営業も兼ねているのだし……)
 と、言い訳を財布に入れて、毎日のようにこのカウンターに座っていた。私はホッピーで飯を食った後に店を開ける、先生は仕事帰りの、というわけだった。
 春のセンバツ甲子園大会が終わってしばらく経った夜だった。その日も先生と「源八」で隣り合わせていた。
 たしか、野球場でビールを売る女の子が、変な帽子のかぶり方をしているとか、そんな話をしていたときだった。引き戸がすっと開いて、女性が一人で入ってきた。カウンターで背中を丸めていた常連たちは、一斉に注目するのだった。
 薄いベージュのコートを脱ぐと、白地にピンクの花柄のブラウスだった。若いとはいえないが、セミロングの黒髪にはまだツヤがある。豆腐屋のオヤジ、芸大崩れのオーバーアクション男、言葉遣いが横柄な金髪。とにかく海千山千の酒飲みばかりが席を埋めていたから、彼女が細いデニムの尻を先生の隣に落ち着けると、男臭いカウンター席は花の咲いたようになった。
 男どもの惑いのなか、先生は、なんでもないというふうに彼女に話しかけた。そのうち彼女はカウンターの景に馴染み、男どもの妙な惑いも消えていった。
 ふと、店主が誰にともなくセンバツの話を投げた。意外にも、彼女が真っ先に反応するのだった。カウンターは急に勢いづいた。しばし、彼女を中心に高校野球の話題で盛り上がるのだった。

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