座る場所を確保した先生が、こっちこっち、と手招きをしている。並んで席についてキョロキョロしていると、ホッピーのセットが二つ、はいよっ、と置かれた。それぞれのコップを満たし、かきまぜ棒をホッピーの瓶に突っ込むと、いやー赤羽にようこそ、と乾杯の運びとなった。
「いいでしょう。この調理場を半円に囲むカウンター」
先生は店主に、こんにゃく、ポテサラ、煮込み、串盛りお任せ、と一気にいった。ほどなくポテサラがきて、こんにゃくがきた。こんにゃくは玉こんにゃくで、模様のない白い平鉢に一口大が三個、薄口醤油でほんのり色をつけた出汁がかかっていた。箸の先を指して口に入れてみると、そんなに熱くない、いい味が滲みて滲みて、歯ごたえも官能的で、口の中に汁のうまいのが広がっていく。
「うまい」
「ポテサラもいってみてくださいよ」
箸の先に、ねっとりしたのをのせ、手首を捻って口に入れてみた。これもうまい。
煮込みがきた。小皿にとりわけ、七味もかけず、あれ、なんだこれ、とろりと柔らかくなった白モツの舌触りといったらたまらない。やや遅れて登場したメインのモツ焼きは、もういうに及ばず、どれもこれも絶品であった。勢いで日本酒を頼んで、お互いの猪口にまあどうぞ、と注しつ注されつしはじめる。
「赤羽はねえ、最近は若い子向けのおしゃれなカフェなんかも多いらしいですよ。若い女の子のことを赤羽女子、略してバネジョなんつってね」
「はあ、バネジョですか」
先生がトイレに立った。店内をあらためて見回してみたが、バネジョはまったく見当たらない。
「ところで関山さん。ここにはねえ、あの子も連れて来たことがあるんですよ」
先生はハンカチで手を拭きながら戻ってきて、座るなりそういった。
驚いた。先生があの子といえば、あの子に決まっているからだ。
「……あの子、ユウキちゃんていうんですがね、『源八』で知り合って……ここにも何度か連れて来たことがあるし、昼間、一緒に地方球場へ予選を見に行ったり、半ばお付き合いでもしているような雰囲気だったんですよ」
「えー、そうだったんですか」
私は、意外というふうに驚いてみせた。
「わたしは……ユウキちゃんに惚れていたんです。向こうはどうだったかわかりませんがね。ちょっとこう、謎めいているというか、プライベートを一切話さなかったので。でも、好きになった相手のことは色々と知りたくなるってもんじゃありませんか。しかし、高校野球以外の所を突っついてみると、忍者が煙玉を投げるようにして話から逃げちまうんです。しかしまあ、話したくねえもんは話したくねえでょうから、それほど気にも留めなかったんです」
私は身を乗り出すようにしてふんふんと聞いていた。先生は、間をとって、妙にもったいつける。そして、ぐいっと杯を空にして、ニカッと笑った。
「ところがね……。あ、どうです、もう一本いきますか」