「やっぱ美味しい。悔しいのに、美味しいっ!」
再び姉の目に薄らと涙が溜まると、父は氷と焼酎の入ったグラスを差し出して言った。
「悔しい時も、嬉しい時も、美味しいんだ!ホッピーは!だから飲め!」
その夜、家族はテーブルにホッピーの瓶を並べてトロける程に飲んだ。
泣いたり、怒鳴ったり、ケタケタと腹を抱えて笑ったりしながら。
一人未成年の私だけが、烏龍茶でお腹をタプタプにして酔っ払い達を見守った。時々思い出したように寛治君が私の方に視線を向けて、柔らかい笑顔で満足そうに頷く。
家族は私を対岸に取り残したりはしない。と思えた。
浴びる程に飲んだホッピーのおかげか、その後の姉はしっかりと切り替えて就活に望み、数ヶ月後、某食品会社の社員食堂に内定が決まり、晴れて社会人となった。
「もしもし寛治君、日曜日の夜辺り都合どう?」
大学生になった美玖の就活とバイトに、社会人となった夏美の予定が合わず家族で集まる事がすっかりご無沙汰になっていた時、義姉さんから久しぶりのお誘いがあった。
「かんぱぁ~い」
二人の娘と兄貴夫婦、両親そしてオレ。全員が成人となって始めての集まりは大いに盛り上がった。
家族の笑顔と、いつものホッピー。この上ない幸せを感じる。
「うちの会社の忘年会って、社食でやるんだって!」
ホッピーの入ったグラスを持って、嬉しそうに言う夏美。
「えっ、それってお姉ちゃん達が料理作るって事?」
美玖が薄めに作った焼酎のホッピー割を口元に運びながら言う。
「勿論、社食部が主体なんだけど、営業部とか、総務部とか、あと企画部も各部で三品ずつ料理作ってみんなで競い合うの!食べ終わってから投票があって、一番人気のあったメニューを来年度の開発企画に載せるらしい」
説明しながら、夏美の顔がどんどん晴れやかになっていく。
オレは、大学生だった夏美が話してくれた夢を思い出していた。
(誰もが頷けるヘルシーで美味しい、ホッピーに合う料理を作りたい。)
幼い頃からホッピーのある食卓を囲んでいた夏美らしい夢だと思った。家族に健康でいてほしいから、飲食に関わる仕事がしたいとも言っていた。
「忘年会って言うぐらいだから、酒も出るのか?」
兄貴が聞くと、夏美はいきなり立ち上がって(そうなのっ!)と殊更に力を込めて言う。そして、お酒の種類やメーカーについて営業部から提示があったリストにホッピーが入っていたと誇らしげに胸を張った。
「夏美、あれか?」
夏美は、オレの目を見て(うんうん)と大きく二度頷いた。
就活に破れ、悔し涙を零した夏美が、夢を諦めていなかった事にオレは少なからず驚いた。