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『君と飲んだ、あの日々の思い出を胸に』矢野李佳

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「ありがとう!すごく助かります。きっとこの子も喜んでいます!」
 うれしそうにホッピーをなでる美和から、十蔵はさりげなく目をそらした。そして、おかしなことになっちまったと、心の中で呟いた。

 とはいえ、一度引き受けたら手を抜けないのが十蔵である。それからは毎日、ウィーンの名所や穴場を案内して回った。打ち解けてみると美和は実に気の良い娘で、十蔵は、久しぶりに声を出して笑う事ができた。どこへ行くにもホッピーと一緒なのは参ったが、大事そうに腕に抱え、時折話しかける姿を見ると、やめてくれとはとても言えなかった。
 ガイドの五日目、十蔵と美和はシェーンブルン宮殿に出かけた。この宮殿はウィーン観光におけるハイライトの一つで、建物や宮殿内部の美しさには定評がある。しかし十蔵は最初にグロリエッテへ美和を連れていった。宮殿の前に広がるフランス式庭園、そこから続く小高い丘の頂上にある展望台だ。しかし、息を切らしながら坂道を歩く美和は、ぶつぶつと文句を言った。
「ねえ十蔵さん、私、普通に宮殿の中が見たいのだけど」
「こういうのはな、最初に全体像を見る事が肝心なんだ。『木を見て森を見ず』と、ならないようにな」
「それ、どう言う意味?」
 十蔵は返事をせずに、グロリエッテの中にあるカフェへ向かった。この日は珍しく空いており、二人と一瓶は窓際の席に陣取ることが出来た。遠く真正面ではテレジアン・イエローの宮殿が、淑女のようなたたずまいを見せている。その景観に美和はため息をついて、写真を何枚も撮った。
「グロリエッテはな、戦没者慰霊の記念碑として建てられたんだ」
「そうなの?じゃあ、私にぴったりね」
 美和はそう言うと、テーブルの上のホッピーを、よしよしとなでた。
「変なことを言うじゃないか、戦争なぞ知らんくせに」
「だって本当のことだもの。と言っても私の場合は、恋愛の戦没者だけど」
「もしかして、一人旅の理由は失恋か!」
 思わず叫んだ十蔵に、美和の顔が赤くなった。
「なんてこった、バカバカしい。そんなことをする女は絶滅したと思っていたぞ」
「だって初カレなのよ。高校生の頃から付き合って、一緒に暮らしてもいたし」
「結婚前に男となんぞ住むから、そんな目に合うんだ」
「注目するところ、そこ?あのね、今は同棲なんかめずらしくないの」
「そんなもんかね」
 十蔵がむっつりしながら冷めたコーヒーを飲むと、美和はしょんぼりとうつむいた。
「そんなに怒らないでよ。私、本当に辛かったんだから。だって上手くいっていると思っていたのよ。でもある日突然、家の中から彼の荷物が消えちゃって。あわてて電話をしたら『ごめん、好きなやつができたから別れてくれ』だって。ひどくない?」
「電話で別れ話ってのは、確かにないな」

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