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『君と飲んだ、あの日々の思い出を胸に』矢野李佳

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 だから、十蔵がこの日シュテファン寺院へ行ったのも、彼にはよくあることだった。ただ、いつもと違ったのは、そこに今朝方の若い娘がいたことだ。
「あ」
 先に声を上げたのは、娘の方だった。右手にホッピー、左手にガイドブックを持って十蔵を見ている。すぐに立ち去りたかったが、彼女のもの言いたげな顔に、十蔵の足が止まった。仕方なく「観光かい?」と小声で話しかける。娘もやはり小声で、「はい」と答えた。
「この教会はいいぞ。十六世紀のゴシック式建築だから見応えがある」
「詳しいですね。何度も来ているんですか?」
「そりゃご近所さんだからね、しょっちゅう来るよ」
「えっ」
 娘が、街中で突然キリンと遭遇したかのような顔をしたので、十蔵はニヤリと笑った。
「こんなジジイが住人なんて意外か?人は見かけによらないものさ。あんたの旅仲間がホッピーなのと同じだな」
 すると娘はやっと笑顔を見せ、ぺこりと小さく頭を下げた。
「石塚美和と言います。今朝は失礼な態度を取ってごめんなさい」
 その名前に十蔵は手に持った帽子を落としかけたが、なんとか持ちこたえて会釈を返した。
「佐竹十蔵だ、俺こそ叫んで悪かった。ウィーンは初めてか?」
「はい。海外旅行も初めてなんです。そのくせ個人で来たから、わからないことだらけで」
「へえ、度胸があるね。だが不安だよなあ。いや、ホッピー氏がいるから大丈夫かな?」
 それを聞いた美和が吹き出す。
「この子も日本を出たことがないから、全然ダメですね。私以上に何も知らないの。頼りにならない二人組なんです」
「そうか、この街でわからないことがあったら、何でも聞いてくれ」
「本当ですか?」
「ああ。なにせ半分隠居みたいな暮らしでね。あちこち散歩しているから詳しいぞ」
 すると美和は、少し考えた後にこう言った。
「じゃあ、私のガイドになってくれませんか」
 十蔵は笑いながら、冗談めかして大きくうなずいた。
「いいとも。だが、俺が相手ではつまらんだろう。若くて格好いいガイドを紹介してやるよ」
「いえ、まったく知らない人は怖いので、できれば佐竹さんにお願いしたいのですが」
 美和の真剣な声音に、十蔵は笑顔を引っ込めた。急いで断りの言葉を探すが、なぜか一つも思いつかない。その間も美和は真顔で返事を待っている。互いが沈黙のまま数分が経過したところで、ついに十蔵が根負けした。
「夜は仕事があるから、日中だけになるぞ」
 もそもそと答えれば、美和の顔がパッと輝く。

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