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『桜の花が咲く頃に』潮楼奈和

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「口実が欲しいんじゃないですか? 相手と話す理由。接待や宴会だって、相手と話したくてたまらないなんて人はめずらしいですからね。話すネタはないけれど、とりあえずアルコール入れるまではどうにかしのぎたい。僕もけっこう注ぐ派ですね。無理に勧めないようには気をつけますが」
「口実、ねえ」
 そう、人には口実がいる。誰かと話したい時。誰かと会いたい時。正面から、そうしたいという感情をぶつけるのは、返ってくる相手の反応がリスキーだ。
 だからつい、保険をかける。定番だから会話の糸口として注いでまわる。助けてもらった人と会いたくて、偶然という言い訳を用意するために、5時間も居酒屋で居座っている。
 店員は察したのだろう。今日は彼女が来ないだろうと教えてくれた。
 彼女は週末にはバーテンダースクールに通っているのだという。酒に詳しそうなのは、そういう一面があったからだろう。
 よく知らない彼女の姿が情報に補完され、少しずつリアルに俺の中で浮かび上がってきた。一方で、スラリとした姿勢の良い彼女が大人であっても夢を追っている事実に、今の自分を振り返り、喉の奥で苦い何かが泡のように弾けて沈んでいく。
 仕事が嫌いというわけじゃなければ、やる気がないわけでもない。嫌なクライアントもいれば、面倒なクライアントもいる。

 ただ、惰性。

 頑張ってないわけじゃない。仕事はきちんとしている。向上心もあったはずだ。売上だって伸ばしている。だが、一方で、どうしても、拭えない不完全燃焼な感情。人生には保険をかける。そのためには魅力的でリスキーな道より、安全で平穏な道がいい。自分でそう選んできた。大勢の大人が、そうやって生きてきたはずだった。
「……会計、お願いできますか」
「彼女に伝言しておきますか?」
「いや、大丈夫です」
 送り出しの声を背中に浴びながら、急に熱が冷めていくのを感じた。自分は彼女に会って、一体どうするつもりだったのだろう。
 お礼? その後は?
 酔えない酒のように現実が波打った。
 ……まあいい。深く考えない。
 会わなければこんなくだらない思考はそのうち忘れ去る。後は日常だ。仕事をして、週末に休み、ちょっと楽しいことがあれば、それで満足といういつもの日常に戻れば、リスクもなく、心がざわめくこともないし、それを他人に知られることもないのだ。

* * *

 会いたいと思った時に会えないのは世の常だが、会いたくないと思った時に会ってしまうのも、また世の常なのだろう。

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