薄まる分、ビールよりはマシかもしれない。
俺はその紙をカウンターに渡した。
席に戻ると、社長や担当者がいい感じにできあがっていた。6杯目を注がれるのも時間の問題。そう思った頃に、『それ』は運ばれてきた。
「シャンディガフです」
「あ、俺です」
「何、佐倉さん、そんな洒落たもの飲むの?」
「さっき人に勧められて」
「へえ。じゃあ、俺らも日本酒行くか。姉さん、八海山、冷で!」
社長たちはようやく瓶ビールを空にする執着を手放したようだった。
ほっとして、シャンディガフに口をつける。
軽い苦味とジンジャーエールの甘みが、ようやくマイルドに胃の中に降りていった。
* * *
次の週末、俺はまた、あの居酒屋にいた。
接待でも、会社の宴会でもない。
休日の息抜きだった。
わざわざここに来たのには理由がある。
あの日の翌日、いつもやってくる、重たく気だるい二日酔いをあまり感じなかったのだ。あれだけ酒を飲んで残らないのは不思議だった。いや、そもそもあれは酒だったのだろうか。確かに味はジンジャーエールとビールだったが、あまり酒を飲んでいるという気がしなかった。
彼女から渡された紙にHの文字が書いてあったことを思い出し、一度気になると、無性にその理由を知りたくなった。知ったからといって、何かあるわけでもないし、彼女の連絡先を知っているわけでもない。それでも未知なことにそわそわするような心のざわめきを鎮めるように、この店にやってくることにした。ちょっとした探偵気分だ。
ひとりでカウンターにいると、他の客がよく見える。早い時間には酒が好きそうな年配客が、テニスラケットを置いて軽くビールを引っ掛けている。夕方になれば、学生や焼き鳥目当ての家族連れも顔を出し始めた。
長々と居座る俺を不審に思ったのか、カウンターから店員が声をかけてきた。
「お仕事以外って、めずらしいですね」
「ああ、ちょっと。たまにしか来ないのによく覚えてますね」
「この前、美桜ちゃんにホッピー、勧められてたでしょう」
「誰に、何をですか」
思わず聞き返す。ミオウという名前も、ホッピーを勧められた話にも覚えがない。
「なんだ、知り合いかと思ったら、いつもの彼女のおせっかいか」
「あの、なんのことだか」
俺の反応に、店員が少しバツが悪そうに教えてくれた。あのHシャンディガフを勧めたのは、美桜という女性らしい。Hの意味はホッピー。ビアカクテルではない、なんちゃってシャンディガフだったわけだ。飲みすぎていた俺を見かねての彼女の助け舟といったところだろう。
「ま、ホッピーって焼酎で割るのがスタンダードですからね。アルコールが1%未満と言っても入ってるから完全にノンアルってわけじゃないし」
「……それでも正直、助かりました。なんで宴会って瓶ビール注ぎたがるんでしょうね」