「辛くないか?」
ジェニファーは首を横に振った。
「ワタシ、イマモムカシモ、シアワセダヨ。アタラシイ、ジンセイダヨ」
ユキオもお猪口を飲み干した。
『きょろ』の開店時間五時ぴったりに、ユキオたちは店の中に入った。
「いらっしゃいませ」
イグチとその妻の声が響いた。客はまだおらず、前店の最後が、新店最初の客となった。
「大将、女将さん、おおきに。あ、娘さんですか?」
「はい」
「初めまして。イグチの妻です」
「ハジメマシテ、キョウハ、オメデトウゴザイマス。ムスメノ、ヤヨイデス」
恥ずかしそうにヤヨイが小さく頭を下げた。
「大将、カウンターで良いですか?」
ヤヨイを真ん中にして、三人は座った。
「どないしますか?」
ユキオは店内の短冊を眺めたが、それはポーズだった。入店前から決めていた。
「ホッピーと湯豆腐を二つと。ヤヨイは?」
「オレンジジュースと湯豆腐。カラシ抜きでお願いします」
「おおきに。お姉さん、湯豆腐好きなんですか?」
イグチが笑いながら、ヤヨイに尋ねた。
「うん。お父さんのが一番だけどね」
「やばいな。おっちゃんの大丈夫かな」
イグチの妻がホッピーとオレンジジュースを、それぞれのジョッキとグラスに注いだ。
そして、湯豆腐が三つ並べられた。
湯気がのぼり、その間から豆腐が顔を覗かせた。鰹節がたっぷりとかけれ、その隙間からカラシが見える。ヤヨイの豆腐は鰹節の下に豆腐の素肌。
ジェニファーが三つの豆腐にさっと醤油をかけた。
「やるね。ちゃんと三冷だ」
それを聞いてイグチは嬉しそうだった。
「乾杯」
ユキオの掛け声で、三人はグラスを合わせて口をつけた。
そのひと口を飲むと、同時に箸を割って、湯豆腐に箸をつけ、その熱さに口から湯気を立て、それぞれの飲み物で流し込んだ。
そして、同時に大きく息を吐いた。安堵の吐息だった。
それを見て、聞いてイグチも安心した。
「大将、どうでしたか?」
ユキオは首を横に振った。
「え? マズかったですか?」
「違うよ」
「じゃあ…」
「大将は、俺じゃねえよ。大将」
イグチの顔が赤くなった。
「大将、もう一杯。ナカちょうだい」
「ワタシモ」
「私はオレンジジュース」
イグチは三人の顔を見渡した。
「あいよ!」