ホテルの⼊⼝には「佐倉市⽴志津第⼀⼩学校様」という札が掛けられていて、それを⾒た途端、かすかな緊張感が込み上げてきた。みんなどんな⼤⼈になっているんだろう。みんなは私のことを覚えてくれているんだろうか。原賀先⽣は?智ちゃんは?そして⻫⽊くんは?
ホテル脇の⽊々に装飾されたイルミネーションみたいに、期待と緊張が⼼の中で交互に点滅しているような感覚を覚えた。
その時だった。後ろから誰かに名前を呼ばれたような気がした。
私は振り向くまでのほんの数秒の間に声の主を瞬時に想像してみたけれど、⾃分の記憶の中には、当てはまる声⾊の⼈物はいないように思えた。でも、この呼び⽅。どこかで聞いたことがあるこの独特の語調。私は確かに、この⼈に何度か名前を呼ばれたことがある。それはいつのことだっけ。教室、廊下、それと理科室。そうだ。そして私の名前を呼んだ後に、この⼈はこう⾔ったんだ。「そうじゃないよ。こうやるんだよ。ね、すごいだろ」と。
振り向いた先に⽴っていたのは、グレーのスーツを着た⾒覚えのない男性だった。でも、私にはそれが誰だかもうわかっていた。
「⻫⽊くん」
私がそう呼ぶと、彼は照れくさそうに笑みを浮かべ、右⼿で頭の後ろを掻く仕草をした。
「久しぶり。佐々⽊」
彼の声は当時より随分と低くなっていたけれど、私の名前の呼び⽅、そして語調は以前のままだった。⾝⻑は私よりはるかに⾼くなっていて、少し⻑めに伸びた髪は、ワックスで清潔にまとめられていた。
「⼤学のゼミが少し⻑引いちゃってね。よかった、なんとか間に合った」
⼤学、ゼミ。そうだ、私たちはもう⼤学三年の歳なのだ。
「そうなんだね。私も⼤学の授業が終わってからそのまま来たよ。少し早めに着いたから先に学校を⾒て来たけどね」
「学校?」
「うん。⼩学校。久しぶりに⾒たらなんかすごく⼩さく感じたよ」
そう⾔うと、彼はくすりと笑った。
「それは佐々⽊が⼤きくなったからだよ」
⻫⽊くんの⾔う通りだ。⾃分が⼤きくなったから、いろんなものが⼩さく⾒えたのだ。でも、それはつまり、当時のサイズ感を⾃分がまだ潜在的に覚えているということだから、⼈間の記憶というものはすごいなと思う。
「そんなに⼤きくなったかな、わたし」
「そりゃ当時に⽐べたらね。でも佐々⽊あんまり変わってないね」
「え?そうなの?」
⻫⽊くんにそう⾔われて少し驚いた⾯持ちで聞き返してみたけれど、内⼼は少し嬉しかった。当時の⾃分が⻫⽊くんの記憶の中に今も残っているんだな、と思ったからだ。
「あ、もう始まるね。⾏こうか」
「うん」