私は急いで⼿紙を⼊れられるものを探した。その時、キッチン台の上に置かれた飴⾊の空き瓶が⽬に⽌まった。昨夜⽗が飲んだと思われる飲み物の空き瓶だった。私は咄嗟にそれを⼿に取り、飲み⼝から⼿紙をねじ込んだ後、ダウンの襟元からお腹の位置にしまい込んだ。学校まで⾛る途中、お腹の前で瓶が跳ねないように、ポケットに⼊れた両⼿で瓶をぎゅっと握りしめていた。
「けいちゃん、⼿紙書けた?」
学校に着くと智ちゃんが話しかけてきた。 智ちゃんは周りに⾒られないように、ピンク⾊の封筒を両⼿で胸元に当てていた。
「あ…うん。⼀応書けたよ」
「そっか。じゃあ、セイジンした時までの秘密だね」
まさか⻫⽊くんに宛てた⼿紙を、⽗が飲んだ空き瓶の中に⼊れているなんてことを智ちゃんに⾔える訳もなく、そうだね、と⾔って誤魔化しておいた。
帰りの会の時に、原賀先⽣がクラスみんなのタイムカプセルを回収した。幸い、先⽣は⽩い⼤きな布袋を持って順番に⼀⼈⼀⼈の席を廻ってくれたので、私は誰にも知られずに空き瓶を先⽣に渡すことができた。ただ、私が差し出した空き瓶をちらっと⾒た原賀先⽣が、少し含み笑いをしたような気がして、私はあからさまに⾚⾯してしまった。
電⾞を降りて⾒覚えのあるホームに⽴つと、懐かしい匂いがした。
私は中学を卒業した後、親の仕事の都合で千葉から東京に引越しをしたので、この駅に降り⽴つのは本当に久しぶりだった。駅の周辺が開発されて、少し都会的な雰囲気に変わってしまっているけれど、駅前の中華料理屋や古本屋は昔のままだった。
今夜の同窓会の会場は、⼩学校の近くにあるホテルで⾏われることになっていた。⼀度、従姉妹の結婚式で、両親に連れられて訪れたことのあるホテルだったけれど、当時の私はまだ幼かったのでほとんど記憶に残っていない。
開場の時刻までにはまだ少し時間があるので、回り道をして⼩学校を⾒に⾏ってみることにした。駅から⼗数分、かつて通い慣れた道を歩くと、差し掛かった⼣陽の中に懐かしい校舎が⾒えてきた。
運動場の前に⽴つと、当時は広いと思っていたグラウンドが、ものすごく⼩さかったことに驚く。鉄棒や滑り台は新しい⾊に塗り直され、カラフルな装いになっている。校庭の隅にあるガーデニングスペースに⽬をやると、⽩やピンクのシクラメンが咲いているのが⾒えた。
「夏の間は眠って過ごすの」
原賀先⽣が⾔った⾔葉をまた思い出して、私は⼿袋越しの⾃分の指に視線を落とした。成⼈になった私の指は、あの時の先⽣の指みたいに⼤⼈っぽくなっただろうか。そんな⾵に⾃分の指を⾒ていると、腕時計の針がまもなく五時を指そうとしていることに気付き、私はホテルの⽅に向けて⾜早に歩き始めた。