「よくないよ。だって俺たちまたあっちに帰るからさ今日はぜんぶ堪能したいのよ。幸せのおすそ分けしてくんない?」
そういわれると、出し渋ってはいけないと思い「結婚したの」って呟いた。
呟いた途端、結婚行進曲をジョージさんが弾いた。
「青い目の野郎とね。じゅでぃっちさんだっけ? えっとクロアチアだろう」
「ほんとにもう、カンちゃんの神泡はおっそろしいよな。縁結びの神泡だよ」
わたしはあの日、神田さんの神泡を呑んだ後、みんなが言う通りクロアチア人のジュディッチと一緒になった。今わたしはちょっとしたクライシス状態だった。ジュディッチがあまりに母親好きだったためにわたしたちは少し距離を置いて暮らしていた。クリスマスに派手に喧嘩してから彼の声も聞いていない。
芝浜さんはカウンターの上にどんと、キンメダイの煮付けを並べた。
金沢さんがずっとそれを眺めている。漁師さんだっただけに、懐かしそうに眺めていた。
「芝浜さんの魚料理はほんとに逸品だね。持って帰りたくなるよな」
「金ちゃん口うまくなったね。まだまだ魚尽くしだから覚悟しててよ」
みんな黙って食べていた。おいしそうに黙々と。その沈黙を破ったのは芝浜さんだった。
「それにしても、よく御一行様でやってきたね」
「そうでしょ。これはなんていうか偶然ていうか想念っていうか」
原田さんが続ける。
「俺たち、やっぱなんていうかこいつのね縁を感じてんのよ」
そういって原田さんが手に握っていたのは、濡れたホッピーの壜だった。
「どういうこと?」
「俺がさ、もういちどだけホッピー呑みたかったなって思ったのよ、ととちゃんでね。そしたら眼の前にふっと金沢さんはいるわ神田さんはいるわ、静かな高田さんまでさいるのよ。え~あなたたちもこっちに来てたの?ってびっくり
して、喋りこんでたら。さっきすっごくホッピー呑みてえ、あの喉越しって思ったんだよってみんな口々にいうだろ。んで、こんな風になっちゃったわけ」
芝浜さんは何か遠い目をしながら「想えば、通じるのか」って悟ったように呟いた。
「でさ、芝浜さん。俺たちね。いまあっちでホッピー通り作ってる最中なの」
「ホッピー通り?」
素っ頓狂な声をだしたのはジョージさんだった。
「ジョーちゃん、君の醸し出す空気好きだよ。そうホッピーストリートアットザヘブンってか」
って神田さんが言ってみんなで笑った。
「みんなあっちで折角だからさ、此岸で好きだったホッピー好きが集まってさ、作っちゃえっていってんの」
ジョージさんとわたしは、この煙に巻かれたような状態がなにであるのかまだ把握できてなかった。けれどわたしはとにかく、懐かしさにかまけてその場を立ち去りたくなかった。
「作っちゃえって、作れるのかい?」
芝浜さんが驚いて尋ねる。
「さぁね。どうしたものか」
高田さんが珍しく声を発した。みんなで口々に高田さんにつっこんだ。
「だってよ、大将。よくわかんねえんだよ。あっちにいったらまたいつ俺たちも逢えるかもね。キーワードっていうかさ、ほんとうに逢えるかどうかの鍵は、このホッピーかもしれねえってみんな思ってるところなの」