「なにをおっしゃいますの」
と営業は恐縮しながら受け取る。
「お楽しみのところを、悩ますようなことをして……なー」
と営業は相棒の方を見上げた。
「すんませんでした」
と長身は笑顔でいった。
「お互い、一旦、忘れましょう」
とこちらからいった。
「これだけはなかなか頭から離れへんから……」
と小さい方。
「他のことはよう忘れるのになー」
と大きい方。
三人で笑い、別れた。
こちらは、頭に浮かんだままの図を考えながらもう一杯を頼んだ。
「焼き鳥五本二百円は終了しましたよー」
と大将の笑いながら叫ぶ声が耳を通り過ぎた。
ふと時間を見ると、いつもより少し遅くなり店を出た。
夏にしては湿気が少ない夜だった。空を見上げると、満月が浮かんでいた。詰め将棋が解ければ、満面の笑顔に見えるはずなのになーと思いながら、背伸びをし、歩き始めようとした。
次の瞬間、雷に打たれたみたいに、ドキッと背筋が伸びる。
『二六龍!』
その龍で詰みだと――。手順を確認する前に、正解に辿り着いたときの確心が先に体を走り抜ける。
あのおじいさんが指摘した手で既に検討されていたので、それほど考えていなかった。王将が逃げるしかないけれども、金を捨てて、次に桂馬で終わっている。どうして考えつかなかったのかと――。営業の人がいってたようにその初手は確かに斬新な手だ。普通、その駒を中心に攻めを考えるので、一手目に捨てる発想はなかなか浮かばない。
『あのおじいさんの直感は正しかった。そうだったんだ――』
と天を仰いだ。
深呼吸を一つする。いい気分に包まれた。一つの芸術作品と出会えたような。忘れられない夜になった。あの二人に知らせたら、どんな反応するだろうなと。
お月さんも喜んでくれている気がした。