「そら、そうでしょ」
「これ、図は正しいのかな?」
「そんなこと、社長に聞ける?」
と営業はニコリ。
「持ち駒は、金と桂馬やもんなー」
「とにかく、それを使わんとなー」
「ほんまかなー」
「しつこいなー、あんた」
「いや、でも、ほんまに五手なんかなー」
「その気持ちは分かるけど……」
「いやなもん、見てもうたなー」
と細面の男はその紙を営業の方へ滑らせ、メガネを掛け、ホッピーを口に流し込んだ。
「わしが考えるしかないか……」
と渡された方はその図を手に取った。
「うーん」
と技術者は腕組みをして天井に目をやる。
「えっ、これ、詰んでるんとちゃうの?」
と営業は紙切れを指差した。
思わず、こちらもその男の方を見てしまう。
「ほんまかいな」
と驚く相棒。
「二六金、捨てでどう?」
「あー、それかいな」
と長身の方は肩を落とした。
「銀で取ったら、二五馬までの三手詰めやし……」
と丸顔。
「アカンて、それは角と桂馬が持ち駒のまま詰んでまうし、それと四五玉と逃げられても詰めへんし」
と技術職は串から焼き鳥を口で引き抜いた。
「あっ、王さんが横にね……なるほど……」
「そんな筋ばっかりやで、この詰め将棋」
と銀縁メガネは不満げにいった。
「西田、笑うしかないな」
「井上、乾杯や」
二人は顔を合わせて笑った。
『分かるよ、そのイライラ』
とこちらは心で頷く。迷路から脱出するゲームで間違った道順を繰り返すのと似ている。困ったもんだ。正解を見たときは、なんだ、とその簡単さに呆れ返る。逆に自力で解けたときは爽快そのものだ。
「皆、焼き鳥今日は五本で二百円だよ! いつもより百円も安いんだよー」
と店の主人は叫んでいる。
ますますその呼び込みなど、どうでもよくなった。
すると、営業の横に座って独りで飲んでいるお年寄りがその紙を指差した。
「なんですか?」
と小太りの男は白髪で短髪の赤い顔した人に聞いた。
「これ、分かるよ」
とその皺だらけのおじいさんは銀色の前歯を見せ微笑む。
「そうですかー、すごいですねー」
と営業は相手の機嫌を損ねないように反応しながら、技術の方に振り向いた。
長身の方は目だけを声の方へ向けた。
「これ、二六龍だよ!」
とその老人は割りと大きな声でいい、ポンと紙を指で叩いた。
その人は常連だけれども、今まで将棋を話してるところは一度も見たことはなかった。
教えられた二人は少し戸惑っている。