「昼間っから、何しているんですか。」
怒った口調で言い、私の向かいの席に腰掛けた。
「あれ、新婚旅行の真っ最中じゃないの。」
「やっぱりね。もう、佐藤なんて苗字、沢山あるでしょう。」
「えっ。」
「私は、今日、頼まれて外出していただけ。会社に戻ったら、絶対、貴方からのお土産だって分かるお菓子が、あったから。」
「じゃぁ、結婚したのは、別の佐藤さんなの。」
「そう。私の留守番してくれた人に聞いたら、もう今にも消えてしまいそうな感じで出て行ったって言うから。」
「良かった。結婚してなかったんだ。」
「もう、心配して損したわ。」
ふくれっ面の妻をなだめ、酔った勢いも加勢して、自分の気持ちを打ち明けたのだった。妻は、笑って頷いてくれた。そして、ホッピーで乾杯したのだった。
懐かしい話である。思い出すと、自分の若さに笑ってしまいそうになる。さて、土産の焼き鳥も、出来上がったようだ。
勘定の時、ふと思いつき
「ホッピーを少し分けてもらえるかな。」
おかみさんに、頼むと快く応じてくれた。
焼き立ての焼き鳥と、白と黒のホッピーが2本ずつ入った袋をぶら下げて歩く。家に戻る道が、夕日に照らされて真っ赤に見えた。秋の深まりを感じさせた。
家に戻ると、夕飯の支度は、済んでおり、私達の帰りを待っていた。テーブルに、何も置いていない大皿が一つ。妻に、土産の袋を渡すと、まだ、温かい焼き鳥を、その皿に盛りつけた。私が、お土産を持って帰ると、踏んでいたらしい。
「あっ、ママ、ただいま。」
ヨシキが、嫁を見つけると飛びついた。
「お帰り、大きいお風呂、どうだった?」
「ちょっと、熱かったけど、気持ち良かった。」
「そう、良かったわね。あれ、口の周りが、汚れているね。どこか行ったのかな?」
「ううん。僕ね、オレンジジュースなんて飲んでないよ。」
「そうなの。偉いね。他には?」
「焼き鳥も食べてない、テレビも見なかった。」
「そっかー。凄いね。」
嫁は、笑いをこらえている。
「あとね、ポッピーは、ビールみたいだけど、ビールじゃないんだよ。黄色のサイダー味の白と、コーラ味の黒があるの。」
「ホッピーの事ね。凄い社会勉強してきたね、ヨシキ。」
嫁は、ヨシキの頭を撫でながら嬉しそうに答えていた。
私は、食後、直ぐにリビングでうたた寝をしてしまったらしい。目を覚ましたのは、夜の10時を回った頃だった。テレビをつけ、ボーっとしていると、妻が、風呂からあがってきた。
「あら、目が覚めたの。」
「ああ、皆は?」
「もう、休んでいるわよ。」
「そうか。」
「お目覚めになった事だし、お義父さんを送ってあげましょうか。」
よく冷えたグラス、金宮、そしてホッピーを盆に乗せた妻が、親父の祭壇のある和室へと向かった。
静かにホッピーを作り、祭壇に白と黒のホッピーを供えた。線香をたき、妻と二人で手を合わせた。
母が、亡くなり、それから半年も経たずに後を追うように父が亡くなった。明日は、その父の四十九日を迎える。母が眠る墓へ、父を納める日だ。