ヨシキの声で、入口の方を振り向くと、息子であった。
「どうしたんだ。」
「早めに仕事を切り上げて、実家に行ったら、父さんたちが風呂に行っているから、あんたも行けって、言われて。あっ、黒のホッピーセットをお願いします。」
なるほど、折角、あんた達を成敗したら、残党が現れたわけか、妻め。
息子は、氷を入れてもらったグラスに、静かに黒ホッピーを注いでいる。店によっては、最初から、グラスに氷を入れて供する場合もある。これはこれで、ありなのだ。
改めて、三人で乾杯した。ヨシキが、私と息子のグラスを不思議そうに見つめて、聞いてきた。
「ねぇ、じいちゃんのは、黄色なのに、パパのは、どうして黒なの?」
「よく見ているね、ちょっと味が違うんだよ。」
「どう違うの。」
「黄色は、白って呼ばれていて、さっぱりしているんだ。黒は、コクと甘みが強いんだよ。」
「ふーん、サイダーとコーラみたいだね。」
「お、上手い事言うね。凄いね。」
私は、さっき店主から聞いた、両親の可愛らしい恋の話をツマミに、息子と飲んでいた。すると息子が、自分も嫁と付き合うきっかけになったのが、ホッピーだと言うのだ。
二人が、まだ学生の頃の話だ。サークルのコンパがあり、先輩が、問答無用で人数分のホッピーを頼んだという。息子は、嫁がお酒に弱いことを知っていたので、嫁のグラスのナカを全部、自分のグラスに移してあげた。そして、こっそりジンジャーエールを頼んで、ホッピーで割って、飲ませたそうだ。嫁は、その飲みやすさと美味しさに、とても感動したらしい。
無事に宴会が終わり、カラオケに行くグループ、飲み足りなくて梯子するグループ等、バラバラになった。息子と嫁は、何となく、流れで一緒にいた。息子の足元が、ふらついている事に嫁が気付き、近くの公園のベンチに腰掛けて、楽しくしゃべりながら酔い覚ましをした。
それ以来、お互いの距離が近くなっていったというのだ。
「父さんは、何か無いの。母さんとの思い出の話。」
「どうかなぁ、無いなぁ。」
と言って、言葉を濁した。有っても、話す訳がないのだ。
私が、社会人になって5年目の27歳の頃、初めて妻に出会った。妻は、取引先の新入社員だった。幼さが残る可愛い娘で、私は、一目ぼれだった。そこは、親父と同じだ。私は、妻の顔を見たくて、何だかんだと理由を付けては、取引先を訪ねていた。若い娘が喜びそうな物を自腹で買っては、土産でもらったからと嘘をついては、渡したり、どうにか気を引こうと、健気な努力を重ねていたのだ。挨拶だけの関係から、少しは世間話が出来るようになった頃、今日こそは、デートに誘うと決め取引先を訪ねた。ところが、いつも妻が座っている受付兼事務の席には、見慣れない四角い顔の中年の女がいた。私は、その女性に妻の事を尋ねると、妻は、結婚し休暇中だと言うのだ。土産の洒落たお菓子を渡し、スゴスゴと取引先をあとにした。ショックで、その日は、仕事をする気にもならず、3時過ぎからやっている居酒屋が目に留まり、吸い込まれるように店に入った。こういう時は、やけ酒に限る。ホッピーと適当なツマミを頼み、飲み始めた。3杯目のホッピーを飲んでいた時だった。妻が、突然、目の前に現れた。自分が、酔っているのか、それとも惨めたらしく幻を見ているのかと、目をこする。