至福のため息と共に、声が出る。ヨシキも「ぷはー、旨いね。」と、大人の真似をして言う。
思わず、笑ってしまう。
L字のカウンターは、三の三で六人掛け。小さな小上がりに、座卓が二つ。店の角の天井下に、テレビが吊り下げてある。おかみさんが、気を利かして、ヨシキの為にアニメ番組にしてくれた。ヨシキは、焼き鳥をツマミにして、オレンジジュースを、飲みながら大人しくテレビに見入っていた。カウンターごしに店主と言葉を交わす。店主は、親父より6歳年下だったはずだ。子供の頃からの顔見知りで、親父を「兄さん」と呼び、後を追いかけては、一緒に遊んでいたらしい。
「何だか、懐かしいですね。昔、兄さんが、やっぱりお孫さん連れて、銭湯の帰りに寄ってくれたのを思い出します。」
「そうですか。」
「きょうは、息子さんは?」
「仕事でね。もう、ボチボチ家に来ている頃だと思うんですが。」
たわいもない世間話をしていると、ふと思い出した様に店主が言った。
「そう言えば、昔、女将さんと奥さんが、二人で見えたことがあったんですよ。」
「へぇ、お袋と女房がですか。」
「確か、風呂の釜が壊れたからって事で、やっぱり風呂の帰りだったと思いますよ。」
「それで、二人で飲んでいたのですか。」
「ええ、丁度、ホッピーの黒が販売されて。二人で、1本を半分ずつ、ナカも半分ずつ。」
「そうですか。儲からない客ですみませんね。」
「いやいや。嬉しそうにホッピーを飲みながら、女将さんが旦那さんとの馴れ初め話をしてましたよ。」
店主の話では、親父が、お袋に一目ぼれをし、何度も、猛アタックして、やっとデートにこぎつけた時の事らしい。まだ、金もあまり持っていない貧乏な若者だったので、安い酒場にくらいしか行けなかったという。しかし、そんな安い店でも、親父は、お袋をまるで貴族のお嬢様でも、扱うように接したというのだ。椅子に掛けようとすると、サッと椅子を引き、座面にハンカチを敷いてくれたという。まるで、外国映画のヒロインにでもなった感じだったそうだ。どんな酒でも、これで割れば上手くなると大流行していたホッピーをその時、初めて飲んだという。その時も、カクテルでも作る様に、丁寧に、ホッピーをついでくれたというのだ。店主の話を聞いているうちに、古い白黒の写真に、確かに当時の映画スターの様なポーズをとった若い両親が写っていた事を思い出した。
「いや、初めて聞きました。少し、気恥ずかしいですが。親父がねぇ。」
「でも、その時の女将さんの嬉しそうな懐かしそうな笑顔が、随分と印象的で、心に残っているんですよ。」
「そうですか。」
そう言えば、仲の良い夫婦で、言い争いや喧嘩をしているところは、一度も見たことが無かった。無口な親父と働き者のお袋のイメージしか無かったが、そんな時代もあったのかと、しみじみ感じるのだ。
ガラガラと遠慮がちに、店の引戸を開ける音がした。
「あっ、パパだ。」