「おう、おかえり」源一郎がホッピーを呑んでいたからだ。ちゃぶ台にはホッピーの瓶がたくましく立っている。
「酒なんか呑んで大丈夫なのかよ」
「明日には店を再開させるからな。ホッピー! ハッピー! 景気づけだ! はっはっは」
父親の顔色は一昨日の転倒した時よりも、はるかに血色がよくなっていた。単に酒の力ではなく、確かな生命力をみなぎらせていた。気になったのは、時折、源一郎が胸ポケットをぽんぽんと叩くことだ。心臓でも悪いのだろうか。心配になった。
「日向さんは元気だったか?」
「うん、またそのうち小橋酒屋でホッピーを呑みたいってさ」
「そうかそうか、おれもまた会いたいぜ」源一郎はしみじみとうなずくと、ゆっくり立ち上がろうとした。よろめきそうになる父親を和真はそっと支えた。
その時、父親の胸ポケットから白色の何かがぽろっと落ちた。源一郎はそれに気づかずにお手洗いに向かった。
和真はそれを拾った。小さく折り畳まれた画用紙だった。ゆっくり広げていくと和真は目を大きくした。
それは絵だった。クレヨンで元気いっぱいに描かれている。
和真がまだ幼い頃に描いた家族三人の絵だ。三人とも黄色い飲み物を手に持っている。その飲み物がホッピーだと分かることに時間はかからなかった。黄色いクレヨンで描かれたホッピーは太陽のように眩しい。
懐かしさから、和真は唇を震わせた。同時に、父親が抱くわが子への愛情の深さに目頭が熱くなってきた。
父は、この絵をいまだに大切に持っていたのか。家族三人、いつまでもこの心と共にあると、肌身離さず胸ポケットにしまっていたのか。これほど愛情深い父親を想うと、涙をこらえきれなかった。
源一郎がお手洗いから戻ってくる気配がした。和真は涙をぬぐって平静を装った。
「あっ、和真、それは……」源一郎は絵の描かれた画用紙を見ると、ばつが悪そうな声を漏らした。
和真は画用紙を手渡した。
「覚えてるか? この頃を」源一郎は懐かしそうに絵を眺めた。
何もいわずに、和真は小さくうなずいた。声を出したら、まぶたから熱いものが流れそうだったからだ。
「この頃のお前はよ、おれと家内がホッピーを呑んでる姿を羨(うらや)んで、僕も飲みたい飲みたいって駄々こねてたんだぞ。しかも、笑えるのが、ホッピーじゃなくて―」
源一郎は、当時の和真を再現するような調子でいった。
「ポッピー! ポッピー!ってな。ホッピーじゃなくて、ポッピーだぞ」顔を崩して笑った。
ふと、和真は先日に見たへんてこりんな夢を思い出した。子供がポッピーポッピーと話しかけてくる夢だ。確か、黄色いクレヨンを持っていた。そうか、あの子供は……。和真はふふっと口元をゆるめた。
「いつかホッピーで乾杯しような、父さん」薄くつぶやいた。
「いま何かいったか?」
「いや……なんにも」和真は小さくかぶりを振った。