和真は父親のたくましい笑顔を思い出していた。
「そうだ和真くん。私たちみんな、小橋酒屋のことを何て呼んでいるかご存知かしら?」
いえ、と和真は首を振った。
「夢のプラットホームよ」八重子は優しい声づかいで続ける。
「あの場所では、みんなが仲間で、みんなが夢のような時間を共有できる。見ず知らずの者同士が行き交う、まさにプラットホーム。時に、夢を語り合う大切な時間を共有している。だから、夢のプラットホームってね」
その時、和真の胸の底から込み上げてくるものがあった。乾いていた心の土に、水が染みこんできた。父親は、そんなにも客に愛される場所を、一人で何年も何年も守り続けているのか。単に酒を売っているんじゃない。思いやりを配り、絆を分かち合い、夢の時間を提供しているのだ。
和真はふと思った。仕事とはつまり、誰かの夢のプラットホームを作りあげることなんじゃないか、と。
「日向さん。またいつか小橋酒屋に来てください」はにかんで会釈した。
「ええ、もちろん」
二人はにっこりと微笑み合った。
4
土曜の午後。空からこぼれるおだやかな日差しが、カフェの中へと注いでいた。
小橋和真はにぎわう店内に、さらりと視線を走らせた。大学生くらいのカップルが寄り添い、スマートフォンに夢中になって笑い合っている。あの二人にとって、このカフェは思い出の場所になるかもしれない。
読書にふける女性がいた。あの人にとって、このカフェで本を読む時間は、日常を忘れられる夢のような時間なのかもしれない。
サラリーマンらしき二人の男性が、パソコンの画面をのぞき、なにやら議論している。いつか世の中を明るくする、そんな事業のプロジェクトを練っているのかもしれない。
皆が、このカフェという場所で、それぞれの夢の中にいるのだろう。
夢のプラットホーム―日向八重子の言葉がよみがえった。
「どうしたのカズ? 今日はご機嫌そうじゃないの」
レジの横に並ぶ莉奈が話しかけてきた。にやりとした上目遣いをぶつけてくる。
「なあ、莉奈」和真は幼なじみを見つめた。
「なあーに?」
「仕事って、悪いもんじゃないかもな」
「へっ? どうしたのよ、こないだから。変なのー。あっ、もしかして、わたしの風邪うつっちゃったかしら」
「ははっ。そうかもな」
和真は終業時刻まで、真心を込めて接客に当たった。
バイトを終え、自宅に着いたのは十九時半を過ぎた頃だった。町は冬の夜に様変わりしていた。小橋酒屋は、いまもシャッターが下ろされている。脇の扉から中へと入った。主のいない店内はひんやりと静まりかえっている。
奥で明かりが灯っていた。店の奥には小さな台所と四畳ほどの畳のスペースがある。そこで源一郎が布団を敷いて寝ているはずだ。和真は奥へと進んだ。
「ただいま父さん。帰ったよ」中を見て和真は目を見開いた。