「あのー! すいません! Mサイズでよろしいですか?」
その声に、男は露骨(ろこつ)に不機嫌そうになった。
「そのくらいも分からないのか! 普通なんだからMだろ! さっさと作れよ」
いい終えると、再び携帯電話を耳に当てて話しはじめた。
電話をする客の接客は手間がかかる。和真は後ろを振り返り、唇をひん曲げながら、コーヒーメーカーに普通サイズのカップをどんっと置いた。
夜十時になった。高校生の勤務時間はここで終了だ。和真はロッカーで着替えをすませると店を出た。自転車から漏れるかっこんかっこんと鳴る音を、夜気の静けさに落としながら帰宅した。
「ただいまー」
「おかえり和真。どうだったよバイトは」父親の源一郎が客に酒を渡してから訊いた。
「べつにー」和真は無表情でぼそりと答えた。
店内にはまだ客が何人かいた。常連の山岡達の姿はすでになかった。
二階への階段を登る時、和真は父親を一瞥(いちべつ)した。やっぱりだ。源一郎は心臓を撫でるように胸ポケットを叩いていた。しかし和真は深くは気に止めず、自分の部屋へと入り、張りつけの刑を喰らったかのようにベッドに大の字になった。ああ疲れた……。いつかは自分も社会人として働くのか……。ぞっとした。何のために働くのか。お金のため? 自分のため? 頭の中に黒い渦が吹きすさんだ。重たくなった全身は、ベッドの底に吸い込まれそうだった。
「こないだは、ありがと!」莉奈が手を合わせた。午後の光が、彼女の白い歯をきらりと輝かせた。
「ったくよー、あの日は忙しかったんだぜー」和真は自販機に指をなぞらせると、強炭酸のジュースを選んだ。莉奈のおごりだった。
「風邪はもう大丈夫なのか?」「うん! もう完治っス」
学校から家までの帰り道を、莉奈と一緒に歩いた。時刻は午後三時半、太陽は差しているが、空気の冷たさに時々ぶるっとなる。
「働くってなんなんだろーなー」
和真は青空をあてもなく見上げた。
「急になによ? うちらまだ高校生よ」
女子高生特有のライトな声色が返ってきた。
「ま、そうだけどさ」炭酸ジュースをぐいっと飲んだ。
「カズ、元気ない?」「そんなことないけど」「お父さんと何かあった?」「特に……」「ふぅ~ん」莉奈は視線を和真の横顔から正面の交差点に向けた。
「じゃあ、また明日ね」赤いマフラーの端をつかみ、バイバイと手を振った。
和真もそれに応えて手を振り、十字路で別れた。
家に着くと、源一郎が脚立に登り、店の電球を交換していた。
「父さん、気をつけろよ」源一郎の足元を見て、危なっかしいなあ、と和真は思った。
「おおっ、和真。帰ったか」古びた脚立はカタカタとバランスの悪さを鳴らしている。
「今日はよう、久々にヒナタヤエコさんからの注文もあったんだ。隣町だけど配達に行ってくるよ」
ヒナタヤエコさん―?