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『いつか指先で光る』森な子

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「隣の人、借金抱えてたらしいわよ。ほら、やっぱりろくでもなかった」
 母が本当に軽蔑したようにそう言うのを聞き流しながら俺は、優しく笑う、けれど寂しそうな美しい横顔を思い浮かべた。まゆさんの家の前に硬貨のようなものが落ちていたので、ひょいと拾い上げるとそれはお酒の王冠だった。まゆさんがいつも飲んでいたあのお酒。俺はそれをそっと撫でてポケットにしまった。
 俺の幼い恋心に、あの人は気づいていただろうか。気づいていたからあんなにのらりくらりと微笑んでいたのかもしれない。これ以上俺が自分に踏み入ろうとしないようにと。
 俺は高校を卒業して、進学はせず働きに出て、安いアパートを自分で借りて、一人暮らしをはじめた。母と何かと折り合いがつかず、ついに出て行ってくれとまで言われてしまったのだ。なにもかもがはじめてのことづくしで目まぐるしい日々。一人暮らしをはじめるのは本当に大変だった。内見を重ね、保険に入ったり入居審査をされたり、アルバイトをして必死に溜めたお金が湯水のように消えていって辛かった。まゆさんも同じ思いをしたのだろうか。まだ十六か十七の幼いまゆさんが、独りぼっちの静かな部屋で、いつか見た寂しくてねじ切れてしまいそうな顔でたたずむ姿を想像して、俺はなんだか胸がいっぱいになってしまった。
 社会人一年目はとにかく慣れるのに必死で、気づけばあっという間に時間が過ぎた。理不尽だと思うことも、嫌になることもたくさんあった。けれどそういう時、ポケットにしのばせた王冠にそっと触れると気持ちが落ち着いた。
 自分が当時のまゆさんと同じ年齢になっても、俺の中から彼女の存在が消えることはなかった。ただ彼女に会いたかった。

 ある日、職場の先輩に連れられて訪れた飲み屋街。すでに酔ってできあがっている先輩たちの後ろについていると、一軒の店が目についた。ホッピー、と書かれた提灯がいくつもぶらさがっているその店。少し開いた窓から店の中が見える。小さな後ろ姿がテーブル席を丁寧に拭いていた。
 世の中の喧騒から切り離されたように思えた。心臓が面白いくらいに跳ねている。先輩たちの声がどんどん遠ざかっていくのがわかる。
 おそるおそる戸をあけると、小さな背中が振り向いた。
「すみません、まだ準備中で……」
「まゆさん」
 呼びかけると大きな瞳が驚いたように見開いた。俺たちはしばらく見つめあっていた。何時間とも思える時が過ぎ、まゆさんがふいに「ぷっ、」と噴き出して、
「うける、みなくんじゃん!」
 と笑った。その大らかな感じが本当に懐かしくて、情けないことに俺は涙ぐんでしまった。「えっ泣いてる!?大丈夫?」
「……まゆさん、どこ、どこに」
「え?」
「どこに、行ってたんですか」
 まゆさんは困惑しているようだった。当たり前だ。久しぶりに再会した、ちょっと近所に住んでいただけの男の子が、急に泣き出したのだから。
「えっと……とりあえず、座って!」

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