「パージ?」
「理解された天才は、もはや天才じゃない。システムの中の凡人の一人だ」
「怖いこと言うなぁ」と突っ込む前島の目は、笑っていなかった。
エレベーターに乗り込むと、社長が一人で乗っていた。
「デジタルマーケティング、順調らしいな」
「あ、はい。お陰様で」
「何か、困ったことがあればいつでも言ってくれ」
前島は少し考えると「社長、ちょっといいですか」、と切り出した。
デジタルマーケティング部門は、社内で有名になっていった。
山田も、もう煩い小言は言わない。
「俺の感覚が古かったのかなぁ」
「いや、そんなことないですよ」
タバコに火をつけながら神妙な顔を作り答える。
「俺が、偽物になってたんだな」
珍しく喫煙所にいた部長が、寂しそうに呟いた。
それは、部長がカスタマーサービスへの異動が決まった日だった。
誰が見てもわかる、左遷人事だった。
「前島も気をつけた方がいい。偽物になる可能性はいつだってある。本物と偽物なんて簡単に入れ替わるんだ。お前もいつか、自分が本物なのか、偽物なのか、わからない不安を抱く時がくると思う」
そう言い切った部長の顔はなぜか、晴れ晴れとしていた。
「その時は、飲みにいこうや」
「このポスター外しますか?」
山田が部長の席に飾っていたポスターを指差す。
ラムネを嬉しそうに抱える少女と、微笑む母親。
個人的には好きだったポスター。
それは、あの部長が昔作ったものだった。
絶対売りには繋がらないが、どこか心を揺さぶる。
前島が頷く。
俺が変えてやった。
俺が、本物だ。
コンバージョンレートは上がっていく。
名刺の役職もコロコロと変わっていった。
しかし、薄っぺらな満足感と虚しさが、積み重なっていく。
「我が社のエースの前島君も最初はこうでしたが」
スクリーンに入社当初の気怠そうな自分の顔が出た。社長が嬉しそうに続ける。
「今は見てください。こんな立派なサラリーマンになりました。では、我が社のデジタライゼーションを推進している彼から一言」
入社して数年経ち、前島は入社式に呼ばれていた。
スクリーンに映る、昔の自分の顔を眺める。
ふざけんな、そんな声がどこかから聞こえた。
前島がマイクの前に立つ。
期待している新入社員の顔。
「ご紹介預かりました、前島です」
昨日準備した原稿内容がまっさらに消えて行く。
「サラリーマンなんて、お手軽な偽物だ」
会場が静まり返った。
「そんな偽物を目指したい?本物の偽物になりたい?」
我に返った社員が近づいてくる。