8月期優秀作品
『チーム・エール』藤亘音
壁に直径20センチの赤丸印が描かれている。その印に向かってサッカークラブのユニフォームを着た短髪で小柄な10才の少年がボールを蹴った。
蹴るタイミングと飛距離はそこそこのセンスがある。けれども、
「どうしたらもっとうまくいくんだろう」
一度も的に当たらない。
「もしかしてカズナってベストの右上か真上しか狙ってないの?」
ちょっと驚いてから、泉実和成(イズミ・カズナ)は振り返った。彼の後ろにいたはチームメイトの八戸理有(ハト・リア)だった。リアはカズナよりも背が高い。よく日に焼けていた。
リアは大きなかばんを二つ抱えていた。一つはカズナのものだ。
「はい」
カズナのかばんを渡す。
「ありがと」
とカズナは言いながら気付いた。
「あ、今日の練習場の鍵当番リアだっけ。ごめん、あと十分だけ練習させてよ」
「ま、いいけどさ」
リアが的を眺める。
「十分であそこに当てられたらジュースおごってやるよ」
リアが足下にあったボールを蹴る。カズナよりも威力があり、そして的のど真ん中にボールが当たった。リアは跳ね返ってきたボールを浮かせてそのまま足の甲に乗せた。
「オレ、まじでイメージした場所以外に蹴るとか意味わからない」
カズナがちらっとリアを見、
「この前コーチが言ってただろ。練習して練習してたくさん練習して、でもプレーでミスするのが当たり前だって」
リアはリフティングを続けながら、
「そういえばそうだったな。あと九分」
カウントする。カズナは慌ててボールを蹴った。ジュースは手に入れられなかった。
カズナは玄関の鍵を開け、電気を点けた。誰もいない。父母ともまだ仕事から帰ってきていない。洗面所に行きハンドソープ(ミューズ)で手を洗う。洗濯機の蓋を開けて、ユニフォームやタオルを入れようとして、手を止めた。
「あ、またスタートし忘れてる」
母親が仕度までしてさいごのスタートボタンを押し忘れたらしい。カズナは母親の代わりに最後の行程を済ませた。
次に風呂のお湯を溜めはじめる。その間に自室に向かう。かばんを置き、かわりに部屋着を持ってきた。
お湯が溜まったらしい。風呂場に向かう。服を脱ぐ。まずは石けんで頭と体を足のつま先まで全部洗った。湯の中にカズナの好きなレモンの香りの入浴剤を入れた。入浴剤が溶けてお湯が透き通った黄色に染まる。それを眺めていた。カズナはその瞬間が好きだった。