姉の髪を摑もうとしつこく手を伸ばす美優を制しながら二度目のため息をつく。もう疲れた。いっそのことほんとに捨てることができたら。そんなことが頭をよぎるが、まさか自分の娘を捨てる親などいない。疲労感がどっと押し寄せてきた。早く買い物に行かなければならない。本当に手のかかる子たちだ。少しは休ませて欲しい。
「ほんとに、みーちゃんを捨ててきていいの?」
「うん、いいよ。捨てて」
早紀は涙で顔をくしゃくしゃにしながら訴える。
私が美優の顔を覗き込むと、捨ててと言われた意味をわかっているのかいないのか、口をへの字に曲げて顔を歪めている。
私は美優を抱き上げた。
「じゃあ、捨ててくるからね。本当にいいね」
「いいよ。ぜったいに、いいよ」
美優を抱き上げたまま廊下に出ようとすると、美優がぎゅっとしがみついてきた。それを下から見上げた早紀は甘えた声を出す。
「みーちゃんばっかり、抱っこずるい。早紀もだっこ」
いったい何を言っているのだ、この子は。さっき妹を捨ててきてと言っておいて、自分も抱っこして欲しいとは。
「だって、美優を捨てるんでしょ。だから早紀はおうちで待ってて」
そう言って私は早紀をリビングに残し、美優を抱いて玄関へと向かう。
靴を履くためにいったん美優を下ろした。本当に捨てるわけではない。捨てるふりをしようとしただけだ。それで早紀が「やっぱり捨てないで」と謝ってこないかと期待した。
靴を取ろうとして屈んだ瞬間、目の前の世界が薄い紫色に変わった。
疲れているのだろうか?
めまいがしたのかと思った。でもそうではないようだ。ただ、視界に紫色の膜がかかって色がおかしくなっている。目がおかしくなってしまったのか。
その時、玄関のドアから廊下に向かってさっと風が吹いたように感じた。
後ろを振り向くと美優の姿がなかった。
*
「だめ、かさない」
みーちゃんはわたしから人形を奪おうとしてくる。
わたしは人形を背中の後ろに隠す。
みーちゃんはわたしの髪の毛を引っ張ってきた。