7月期優秀作品
『ぼっちが似合うね、梶山君』もりまりこ
寒い日が続くと、南の島の映像だとか抜けるような青い空だとか、陽に焼けた肌を見ているだけで、体感温度が上がったようなぬくもった感じがする。
この間、アマゾンのどこかの村の体験ドキュメンタリー型の番組を夜の片づけものをしながら梶山は見ていた。
人懐っこい彼らがはじめての日本語に興味を持って、レポーターの女の人の言う言葉をそばで、鸚鵡返しにつぶやく。
ヒトリグラシ、アサゴハン、スゴイネ、シンジラレナイ。
とても発音がよくて、ひとこと発する度に笑顔で応えるその表情が、あまりにも無垢で戸惑いそうになる。
ひとがひとの発する言葉におもしろがる場面って、こんなにきらきらと楽しそうなものなのかと、その場面にすいこまれてゆく。彼らにとってのはじめての言葉を、なんだかじぶんにとっても異国の言葉のように梶山は眺めていた。
村で農作業などの一仕事を終えたあと、みんなで朝ごはんをとってる時に、「家族全員で食べるとにぎやかでおいしいね」とレポーターが言う。
村の1人の若い男のひとに「あなたは誰と食べるの朝ごはん?」って通訳を介して訊ねられて、「わたしは、ひとり暮らしだから、誰かと一緒に食べたことないから、ちょっと孤独だよ」と明るく彼に返す。
彼は、ひとりかふ~ん、ひとりなんかでごはん食べたことないからわからないと言ったそのすぐ後で、ところでこどくって何? って通訳の人に聞き返していた。
コドクって何? ってまだ見ぬものを手探りで掴もうとしている姿。
梶山もいっしょに声に出す。
「こどくって何?」
こどくをそれなりに通訳の人に訳された彼は、まだわからないみたいな腑に落ちない顔をした後、「あぁ、ひとがしんだときのあの感じかな?」って言って、はんぶん納得したような真っ平らな表情をした。
孤独の感情がつかめないという現実が、梶山にはとても新鮮で番組を見終わった後も、いつまでも鮮やかな会話として耳の中に残っていた。
でもコドクってあらてめて思うと、なんなんだろうとアマゾンのとある村人のようにきょとんとしてしまうところもある。
時折、身勝手に哀しがったり孤独ぶったりするけど、でも心の底ではそうとうあやしい。
いつだったか梶山は付き合ってた栞に「ひとりぼっちのぼっちがよく似合うね梶山君」って言われて、その声のかたちが、だしぬけであまりにも呟くようだったので、じぶんのこころの輪郭がふいにはっきりとしたことがあった。
なんとなく「ぼっち」だったんだろう。声にされると何かを言い当てられたみたいになるのは、すこしだけ栞のことがわかったような気になっていたからかもしれない。
「ぼっちなんだったら、いっしょになろうよ。わたしもちょうどぼっちだし」っ
て栞が、ちいさな声で囁いた。その言葉と言葉のすきまを埋めることのできなかった梶山の目を見て、「ちょっとたわごとたわごと」って言い放ちながら、繁華街を駆け抜けて行った。
いまもたまに、オフィスの対角線上にいる栞を見かけるたびに、何十何万の言葉を発しただろうあの口があの日あの時、「ぼっち」と訊ねたんだなって思うと、あらためてふしぎな気持ちになった。
今、みかける栞は、それなりに幸せそうな顔をして、先輩女子に怒られたりほめられたりしながら働いている。
キッチンのカフェカーテンのすそのフリルのところに、どこから来たのか、かたつむりがへばりついていた。
こゆびの爪よりも、ちいさいからだを持ったかたつむりは梶山が黒パンのサンドイッチを食べ終わってもまだそこにいた。
ふいにかたつむりは、我が家のカーテンのこんなすそのところなんかでは、相当に居心地悪いんじゃないかと気になりながらも、なんでこんなところにいるんだろうと、存在が気になりだした。