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『ミルクに溶けて』音華みつ


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7月期優秀作品

『ミルクに溶けて』音華みつ

 
 私は母がつくってくれるカフェラテを思い出していた。
 夕陽に背を向けて歩く足取りは鉛がついているかのように重く、私はローファーを見つめながらふらふらと歩く。赤に近い橙色が最後の力を振り絞って夜を迎え、光は静かに夜の色に染まっていくのだ。濃い夕陽の色がゆっくりと水を含んでいくように薄まっていき、だんだんと藍色が混ざっていく。
 足を止め、ゆっくりと顔を上げた。私の17年間が全て詰まっている家。リビングの窓から光が漏れている。母が夕飯の仕度をしているのだろう。
 私が学校から帰ると母はアイスカフェラテをつくってくれる。勿論、私がいらないと断ればつくらないが、私はカフェラテが大好きで学校から帰ってきた自分へのご褒美にしていた。いつからか帰ってくるとカフェラテを飲むようになった私を見て、母は牛乳とアイスコーヒーを冷蔵庫に常備するようになっていた。そしていつしか私にカフェラテをつくってくれるのは母の役目となった。
 スーパーに売っている安いアイスコーヒーと安い牛乳でつくるカフェラテなのに、私はどんなお店のカフェラテよりも心底美味しいと思うのだ。特に母がつくるカフェラテは格別で、私にはつくれない。母は目分量でつくっているらしいのだが味はいつも変わらない。私は母がつくってくれるアイスカフェラテが、大好きだ。
 私の背中に夜がゆっくりと迫ってくる。あと数歩で家に着くのだけれど、私は肩に掛けているスクールバッグをぎゅっと握り、目を瞑った。
風が優しく私の頬を撫でる。ゆっくりと目を開き、俯いた。
「帰りたくない…。」
 無意識に唇から零れ落ちた言葉を夜が拾い上げ、沈めていく。小さな声は確かに本心だが、帰らないわけにはいかない。父も母も妹も心配する。腕時計へ目を向けると午後6時半前を指していた。私は顔を上げ、もう一度自分の家を見る。そして、頬をつねり、上に引き上げた。
 大丈夫、笑える。
 息を吐き出して、たっぷりと吸い込んでから足を踏み出した。今はあのカフェラテのことだけを考えよう。頭の中で柔らかい色のアイスカフェラテの中に入っている氷が鳴った。
「ただいま」
 いつも通り扉を開け、いつも通りの声を出す。するとリビングから母と妹の「おかえり」という声が聞こえてきた。スリッパを履き、リビングへ続く扉に手を掛けようとしたが一瞬、躊躇してしまい、顔を顰める。躊躇したら心に隙ができてしまい、すぐ揺らいでしまう。私は自分の気持ちを遮るように勢いよくドアノブを握り、扉を開けた。
「ただいま。あれ、今日はカレーなの?」
「おかえり。そうよ、好物でしょう?」
 キッチンにいる母が鍋の中をかき混ぜながら私へ目を向け、ご機嫌な声で微笑んだ。
「うん、好き。夕ご飯、楽しみだなあ」
「お姉ちゃん、今日7時から見たいテレビあるから見てもいい?」
 右手に持っていたチョコを口の中へ放り込んで、妹がにこにこと微笑みながら聞くものだから苦笑いをして「別にいいよ」と言った。
一つ下の妹とは仲良しな方だとは思う。休日には一緒に買い物に出かけるし、一緒に映画を見たりもする。中学生の時は一緒に登校をしていたのだが、高校は別々のところに通っているため、別々に登校している。
 妹は社交的で誰からも好かれやすいタイプだと思う。中学でも高校でも「帰りは友達と遊んでくる」と言って朝、家を出たり、「今日、告白されちゃった。どうしようかな」なんて帰ってきて笑う。
「着替えてくるね」
 私はリビングを出て2階の自分の部屋へと向かった。階段を上っていくが、やはり足が重い。重くて重くて、きっともう1階には戻れそうにない。私はこのまま自分の部屋で一生を過ごすのかなあなんて小さく笑った。
 私も妹みたいにもっと素直に可愛らしく周りと付き合って、笑っていたかった。

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