7月期優秀作品
『あの日のわたしへ』あきのななぐさ
ピッ。ピッ。
小気味いリズムで紡がれるその音は、これまで私が意識していなかったものだった。
ピッ。ピッ。
本当に周りのことが見えてなかったんだわ。レジの前で、こんな気分でいることなんてなかった。
ピッ。ピッ。
私のそんな感傷など、構うまでもなく、その音は、いろいろな列から聞こえてくる。
店員のお買い物袋を聞く声も、メンバーカードの確認の声も、いつもと変わらないものだったが、今の私には違う風景に見えていた。
そうか、こんなにゆっくりとこの場所にいることもなかったわ。ここって、こんなに静かだったんだ。
私がこれまでいた世界は何だったんだろう?
もはやあの時は帰ってこない。
もの悲しさを感じる間にも、その音は私の耳に届いていた。
何となく隣の列、その隣の列と眺めてみる。
明らかに不慣れなレジ係の様子に、今か今かと不機嫌そうな男性。
途中で買い忘れたと言って、その場を離れる女性。
にこにことあたりを見回すおばあさん……。
ふとカゴの中を覗き見る。
ペットボトル1個の学生。
暑いから、歩きながら飲むんだろうな・・・。
自販機ではなく、よっぽど好きな物なのかしら。それとも安いから?
結構しっかりしてるのかもね。
お菓子やお肉、野菜といろんな詰め合わせの主婦。
今日の晩御飯はきっとカレーね。肉の量からすると、子どもは2人かな?小学生くらいかな?リンゴのルーが目に留まる。
お弁当とお茶、虫よけスプレーの親子。
これから公園にでも行くのかしらね。
夏休みもあと2週間とはいえ、まだ蚊の季節だし、虫よけ対策は必要ね。
あのタイプは服の上からできるから、ここで買っても間に合うわね。
何気なく見るだけでも、その人の生活がうかがえた。
籠の中身を見ているうちに、レジの順番も進んでいく。
それまで見えなかったおばあさんの買い物かごが見える位置に移動した。
吸い寄せられるように、そのカゴに目がいった。
にこにこと笑顔でレジを待っているおばあさん。
そのカゴには大量の商品がいれられていた。
よほど買い物が好きなのだろう。