そんな言葉たちがシャボン玉の中に入ってふわふわ浮かんで、屋根の上まで飛んでいくと割れて消える。あああああああああああ! なんてこった! 地球がひっくり返るくらいに私は叫んでいた。どこかのお笑い芸人みたいで、ふははっと鼻で笑いながら布団からガバッと起き上がる――それくらいおかしな夢を見た。
次の日、母が肩が痛いというので、揉んでやった。
「それにしても、命とは思い切った名前をつけたよね」
「ふふふ」
「ん? くすぐったい?」
と手を止める。
「ううん。愛実から夫婦で1週間頭悩ませて考えた話を聞いたの思い出してね。私もあんたたちの名前を考える時そうだったなぁって、ね」
「あーそうなんだ……お母さん、香水つけてないよね?」
「つけるわけないでしょぉ。何で?」
「何かいつか嗅いだことある匂いしたから」
「あぁ、愛実が持って来たあれかなぁ」
とテレビ台に置かれた芳香剤? を指した。
「そういえば愛実、あんたが元気ないんじゃないかって心配してたわよ」
「……」
それはなぜか幼い頃を思い出す匂いだった――
遊び疲れて眠たい私をお父さんがおんぶしてくれた時の背中の温かさ。ゆっくり優しく一定のリズムで私の背中をトントンしてくれる。お父さんは裸の大将みたいなランニングシャツを着ている。
家に帰ると、そんなに汚してぇと、頬を膨らませてお母さんが私とお父さんに文句を言う。私はお父さんの背中で眠ったふり。でも、お腹も空いたしなぁ、と仕方なくいい匂いのするお風呂にお父さんと入った。二人で一気に湯船に肩まで沈むと、ほんのり色のついた水が少し溢れた。
また命ちゃんが家に来た時、私は巨大なシャボン玉をつくる道具を買ってあげた。庭で命ちゃんの顔よりも大きなシャボン玉を作ってあげて飛ばす。やっぱり屋根まで飛んで割れた。それを不服そうに口を窄めて見つめる命ちゃん。
「命ちゃん、大丈夫。また作ればいいんだよ」
と頭を撫でて慰めると、命ちゃんは笑った。
「そうだねぇ」
「そうだよぉ」
私も笑った。
「命ちゃんの夢ってなぁに?」
「おわらいげいにん」
私は命ちゃんの予想だにしていなかった返答に吹き出してしまった。
「そしつある?」
「あるある」
「サチおねえちゃんは?」
「そうねぇ~玉の輿かなぁ」
もう一回シャボン玉を飛ばした。もう壊れても平気だ。形が変わってもへっちゃらだ。
もう一回やればいいんだよ。
「あ、いいこと思いついた。ねぇ命ちゃん、私を相方にしてくれない?」
「うん、いいよ!」
命ちゃんの即答に、いつの間にか縁側で聞いていた父と母と妹が笑っていた。
――その瞬間が、ここ数ヶ月の中で一番幸福を感じた時だった。