6月期優秀作品
『タンスのにおい』藤雅みづき
――おばあちゃんが亡くなった。
その知らせを聞いたのは、高校の衣替えを控えた五月の終わりのことだった。
お母さんの作る夕食のにおいが流れるリビングに、電話が鳴り響いた。
いつものように電話に出たお母さんの切羽詰まったような声と、乱暴に受話器を置く音がリビングに聞こえたかと思えば、すぐにどこかに電話をかけ始めた。
「もしもし、お父さん? お義母さんが亡くなったって……」
お母さんと電話の向こうにいるお父さんの一連のやりとりは、まるでドラマのワンシーンを見ているようで、現実として受けとめられない私とはちがって「早く帰ってきてね、準備はしておくから」と電話を切ったお母さんはパート先への連絡に喪服の準備にと、ひどく忙しそうだった。
現実から取り残されて、何をすればいいのかわからない私はとりあえずリビングのソファに座ったままでいた。お気に入りの丸いクッションを膝の上に抱いてテレビをつけると、ドラマの再放送をしていた。私もリアルタイムで見ていた作品で、ちょうど流れているのはヒロインの恋人が死ぬシーンだった。
(たしか恋人役の俳優は、これがきっかけで有名になったんだっけ……)
有名になったことは知っていて顔もわかるのに、名前だけが浮かんでこない。
そのことをどこか不思議に思っていると、ふいにテレビが真っ暗になった。
暗いテレビの画面には、リモコンと二人分の喪服が吊るされたハンガーを手にしたお母さんの姿が映っている。
「何してるの、こんな大変な時にテレビなんか見て!」
「だって……」
幼い頃は長い休みになるとよく田舎に遊びに行っていたが、私が大きくなるにつれて、年に二回だったのが一回になり、気づけば田舎に遊びに行くことはなくなっていた。
そのため晩年のおばあちゃんのことは知らないし、正直大変な時と言われても実感はない。実感がない以上、どう動けばいいのか、どうすることが一番正しいのか。
まるでわからない。
「お通夜が明日で、明後日がお葬式だから。とにかくお父さんが帰ってきたら、すぐ出られるように早く準備してきなさい」
「……学校は?」
私も行かないといけないのという思いを含ませて聞いてみたものの、靴を準備するために玄関に向かったお母さんから返ってきたのは「学校には連絡しておいたから」という決定済みの報告だった。
「でも、何持っていったらいいかわかんないし……それに服だって、何着たらいいの?」
ただ田舎に遊びに行くのとはわけがちがう。
それに黒いスーツなんか持っていない。